荒業地帯のパペット
ドクダミ五十号

単純作業をするはずの機械仕掛けは

作業員を工場の雑務要員として従事させ

四六時中の作動をお守りさせた

切削油の匂いは余所ゝしく感じられ

切り粉は制作の結果と云う輝きを失い

単なる廃棄物として醜さに堕した

男は暗い炎を網膜より奥に宿して

青焼きでは無く作業手順書を睨めつける

昼を告げるサイレンが鳴る度に

若く美しく優しい女の成れの果ての

けたたましく鬱陶しい罵りを思い出す

帰ればその後ろ姿のうなじの辺りの

悲しい怒りの後れ毛が踊るのを

嫌でも見なければならないのに

そんな環境で愛しい子は妙に大人びて

経営者がまるで三階くらいの高さから

哀れな雇われ人を眺める様に男を見て

子供同士の会話の中で落ちぶれた浮浪者だ

ペイデイに男に渡されるのは明細と言う迷彩

つまり実際も心象も希薄な紙片なのだ

労働の結果としては味気ない

いっそジャムなど塗って渡してくれ

交代の時間を知らせるベルが鳴る

残業が死語となりタイムレコーダーが陰湿だ

ダッコン!厚紙を伝って指に伝わる”!”は

最早労働からの開放という晴れやかさを失った

モーターの唸りとバイトとワークの囁き

克っては恋人の様だったそれを聞きながら

若草色の床の途切れの向こうに一歩踏み出す

着替えるほど菜っ葉服は労働しておらず

ポケットの中の二百円を握り

ご苦労様の声のする守衛所でバッジを見せ

活気の失せた巷の遣る瀬無い家路へ

男は思い出していた

油臭い菜っ葉服の若い俺は

勢い良く胸を張って巷を横切った

機械的に家路を急ぎはしなかった

酒屋の奥の立ち飲みカウンターで

店主が界面張力を遺憾なく操るを眺め

魚肉ソーセージのケーシングの艷やかを撫で

爽やかな疲労を二級酒と共に楽しんだ事を

そして呟いた

単純労働は機械の仕事

そうか

俺は機械になっちまったんだな

機械以上に

その呟きはシャッター街のコンビニの

のぼり旗のはためく音より

はるかにロー・トーンなので

風さえも攫って行くのを躊躇うのだった

工業地帯の憂鬱は煙突の先からの

浄化された無色なのであろう


自由詩 荒業地帯のパペット Copyright ドクダミ五十号 2012-12-26 17:59:09
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