母なき子を抱く
川上凌




離れないのです

鼓膜から脳の髄まで焼き付いて

離れないのです

母無き子の嘆く声


消えないのです

あの小さな幼子の

必死でわたしの袖を手繰る感覚が

消えないのです

母無き子の五本指


日本の裏側に或るとはいえ

子はやはり子なのです

その眼にしかとわたしを映して

ぎゅ、ととらえて離さない


罪などなにも無いのです

ただ そのちいさな生命いのち

あかく燃やしているだけなのです

そして大人のいさかい それすらも

その眼にしかと焼きつけるのです



母無き子の嘆く声を聴き

五本指の感触をこの腕に留めても


分からないのです

あの子の苦しみ悲しみが

どちらに向かっているかさえ

分からないのです

我が幼子の感情が


泣きたいのです

私とて ひとりの幼子の母として

置いてゆかれた ひとりの女として

泣きたいのです

母無き子が夢見るとき

我が幼子の寝顔の横で


それでも私は抱くのです

わたしが抱かなければ

この子の生命いのちあかは消え失せる

消え失せたところで

世界は決して変わらない

けれども私は抱くのです


脳の髄から押し寄せる

母無き子の嘆きにこたえるように







自由詩 母なき子を抱く Copyright 川上凌 2012-12-25 17:03:49
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