清冽の順守という暗黙
綾野蒼希
ぼくは手首の関節を外す。控えめに悪態をつきながら、ありとあらゆる手段に打って出る。首の関節だけは皆無だったが。
肉体というものは政治の弱い国としてシンボル的役割を担うが、川の中州に佇立する鴫はいかにも凛として捗々しい。捗々しく、前方に広がる山の驕りを瓦解させる術の一端でもあった。
(清冽の順守という暗黙を街はちっとも理解していない。この街の対極に位置する道化でしかない日曜日の昼下がり、だから手首の関節を外すという行為に酔いしれるのだ。)
一、鴫と鴫の周縁に流れる空気は清冽であるか?
二、そして川と川の内包する言葉からは互いに隔たりをなくす努力が見られるか?
三、ぼくは鴫と川の敷衍をまとめたものを来月までに提出しなければならない。
四、問題なのはその文書を一体どこに持っていけばいいのか判らないということ。
五、もし規則に反してしまうと――
違反者は罵詈雑言のように蔓延っている扉の中で耳のみ生かされたまま、萎びた花弁に変えられたり味覚を失ったりするのである。また、鴫の内部に隠されてしまう可能性もないわけではない。
「鴫A」「鴫B」「鴫C」「鴫D」「鴫E」「鴫F」………………………………………………………………………………
故に、この暮れなずむ街に同化している者は鴫の観察を、そしてその報告を義務づけられている。ぼくたち住人は殆ど無自覚のうちにそれを行い、つましく生活を成り立たせているのである。たまに昔の記憶が――自分はかつて何者だったかという過去の映像が蘇ってくることがあった。カーテンのドレープに締めつけられるような底なしの恐怖感に堪えなければならないのは、そういう時だった。