私語硬直
木屋 亞万

俺は話がしたい
壇上に立って
聴衆に聞かせたいことがある
常日頃から思い募ってきたこと
ぼんやり座っている奴らに浴びせて
腑抜けた日常から目覚めさせてやる
息巻いて
照明の降り注ぐ舞台に上がると
途端に何を言いたかったのか
思いのたけの言葉の端を見失ってしまう
緊張しているからではない
最初から言いたいことなど存在しなかったのだ
俺が見てきたこと聞いたこと感じたこと考えたこと
何一つとってみても
わざわざ人に伝えるほどのことはない
俺はただ壇上に立ちたかっただけかもしれない
じっと見つめられても
ミンチになった言葉しか漏れない
平凡で退屈な雑談をして
後悔と恥辱に満ちた表情で背中を丸めて退場する

俺は詩が書きたい
文壇の頂点を目指して
停滞した伝統を打ち破り
束縛する常識を潜り抜ける
一編の詩で業界をひっくり返してやる
気張って
筆を手にしたところで
紙は白いまま埋まらない
言葉は蜘蛛の子のように離散
雲子に毒の溜まらない河豚のように
空洞の文体だけが膨らんで
自慰行為を繰り返す
汚れた紙上で文字は
平凡に隣り合って
当たり障りなく過ごす
意味も深みも生まれない

私は何がしたい
物心がついてしまった
夢も希望も目的も方向性も定まらぬまま
踏み出さねばならなくなった
道を知らぬ世界へと踏み出していくのに
道を尋ねられることばかりだ
知らないとは言わせない新世界の洗礼
心を砕きながら
やりたくもないことをしたいと言う
土地勘のある奴らに私の行き先を説明し
嘲笑われなければならない
なぜ激怒しないのか若者よ
へこへこと頭をさげて
わざとらしく用意された礼儀の通り
懸命に自分を捨てて
新世界人になった演技をする
何もしたくない自分を捨てきれないままで

駆け抜けてしまいたい
最後まで息もつかせぬ速度で
少し前まで這っていた身体を
身の丈に合わぬ機械に押し込んだ
信号を無視して
平坦な直線の道路を
スーパーカーで駆け抜けてしまおう
ちんたら歩こうとする足を忘れて
燃料を馬鹿食いしよう
タイヤに悲鳴をあげさせながら
エンジンを唸らせよう
誰も止まれとは言わない
進め前へ!休まず進め!の世の中だ
止まると後ろが閊える
遅れれば迷惑すらかける
走れ!進め!
間違えても止まったりするな!
止まるための手続きなど面倒だ
相乗りするものもいない
燃料が底をつく直前に
分離帯にでも突っ込んで
天に昇って行けばいい
火葬の手間も省けるし
どの罵声からも逃げおおせるだろう

日々加速する日常
募る想い
高まる野心
いざという時には硬直する言葉
機会を得ると死ぬからだ
死んだ身体は硬くなるのだ


自由詩 私語硬直 Copyright 木屋 亞万 2012-12-23 19:21:22
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