夜と白 Ⅴ
木立 悟





花のなかの蜘蛛が
雨を見ている
花を踏んでも 花は花のまま
垂直や そうでない水を受け入れている


自制の効かぬ音
道の途中の日時計
色褪せた鍵
水たまりの頬


亜鉛の息や
花の咳
やわらかさを空へ移すうた
さらにさらに さらに波


紙を四つに切り
いちばん小さな紙に希望を
いちばん大きな紙に呪いを書いた
どちらも同じだとは 誰にも言えずに


空の空の目 台形の目
かすかにひろがる かすかな目
胸かきむしり
やがてかきむしるものさえ無くなる目


冬の指が
冬の淵をなぞり
弾けない器を手繰り寄せ
空へ空へ刺そうと奏でる


もはや間に合うものはない
あらゆるものを叩いたとしても
啓蒙も 啓発も
鉛の硬度の わずかな差へと消えてゆく


新たに切られた寄生木の数々
つながりたくないのにつながれた音
花の数だけ空は在り
それ以上多く蜘蛛は在る


わたしには他に出来ることがある
そう言って彼女は災厄となり
二度とこの地に戻らなかったが
戻らないことで皆は憶えている


聖も邪もなく
花も雪もない
磔のあなたを
見つめるあなたしかない


筆を胎に挿れながら
借りた光を肉を水を
空へ空へ返しながら
夜は何もなくなってゆく


巨きな咽の
巨きな汚れを窓は聴いた
壁にも家にも黙っていた
守られる子で居たかったから


みんながみんな
夜を閉じる
誰も不吉を
信じない日に


水は水を嫌いながら
水へ水へ手をのばす
滴がどうしようもなく滴となり
贄が贄に置かれるように


蛇でも鼬でもある夜が
白く白く径を埋める
ずっと背を向け
唇を見せない子


水は花になり
花は水になり
蝶を捕らえ じっとしている
雨が夜を通り過ぎるまで









































自由詩 夜と白 Ⅴ Copyright 木立 悟 2012-12-12 00:44:56
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