基礎に埋めたぜんまい
乾 加津也

できるなら
現場(そこ)でも祝福の気持ちでいたかった
たとえば
生涯一度の自分の家なら
これに関わるすべての人に
笑顔で労してほしいじゃないか


+ + +


行きの渋滞を避けるため
今朝は親方のトラックに五時半に滑り込む
埼玉県久喜市に到着 すぐに積上げたセメント袋の覆いを剥ぎ
プラントに水を入れて攪拌して捏ねる
四十キロの袋を担ぐにはコツがいる
耳を破ってプラントに流し込むときには
立ち上る砂煙で目をやられないようにかわす

泥にまみれても
仕事は楽しかった
行く先々で作業台をこしらえ
景色や町並みに呼吸(いき)を合わせながら
その日一日分の汗をかく
ホース伝いのソイルセメントマシン 親方のストロークの進捗を見守り
セメントと水の配分 及び生成されるミルクの粘状には
攪拌スイッチと足元の開閉レバーのタイミングで抜かりはない

だが
命令ばかり 常に怒鳴り散らされ
おまけに時代は建築ラッシュ
出退勤不安定な毎日に食われるうちに
少しずつ
わたしの奥の向日葵はしなだれていった

炎天の日が続き
めまいとともに力が失せ
薄れる意識の中で作業台から地面に倒れ落ちた
まっすぐに
雲だけ見える空の下から
かすかに親方の罵声が聞こえたようだが
もういいだろう
その時はじめて
捨て鉢を知った
体のぜんまいがすべて緩んで
舌先が軽く浮いたようだった


+ + +


そこにはだれかの住まいが建った
平凡でも静かで 温かな家であってほしい
いまも心からそう思う


自由詩 基礎に埋めたぜんまい Copyright 乾 加津也 2012-12-11 19:59:14
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