裏側
望月 ゆき


洗濯を終えたあとの洗濯槽に、頭をつっこんで
耳をすます
見えなくなったものを見に行くために
目を閉じる
という所作を、毎朝の日課にしている


庭で、貝殻が咲いている
耳にあてると、途端に 世界がさみしさを
吐露しはじめる  
洗濯槽の壁の、無数の穴に隠れて
わたしはそれをやりすごす


洞窟は空白に満ちていて
抜けるまでのあいだ、たったひとつの言葉も見つけられなかった
出口には電柱が、どこまでも電柱のふりをして
無骨に佇んでいる
あしもとには
死んだ犬が埋められている


朝食のテエブルで、ぶどうジュースがこぼれて
わたしは、ひどく泣いた
シャツの染みも、母の叱責も、
時間から剥がれ落ちた、鱗にすぎない
わたしたちは日常を失ったようで、
ほんとうは
日常からわたしたちが失われていた
 

ピアノが、居場所を失念したまま
土に寝転んでいる
鍵盤をたたくと、指から脈拍が放たれる
すると世界が 全身を耳にして、それをとらえようとする
楽曲はいつか、終わってしまう
旋律だけが残り、記憶の中で再生される

 
過去はどれも美しく 四角く切り取られていて
未来はいつも ピントが合わない
二次元の中だけに生きつづける人たちの
影法師を埋葬すると
ある朝、その場所から
小さな産声が芽吹いた


洗濯槽から、洗い終えたシャツを取り出す
それから 頭をつっこんで、
母を探すが、見当たらなかった
ぶどうジュースのシミは、今朝も残っている
永遠を祈ることは、なんと怠惰なのだろう
洪水のあとのカビ臭さが懐かしくて わたしは
まだ見ぬ死後を 錯覚してしまう




「狼」二十号掲載作品


自由詩 裏側 Copyright 望月 ゆき 2012-12-11 00:56:01
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