そのひとは腕時計を見る
HAL

そのひとは腕時計を見る
そのひとの腕時計は1分1秒狂ってはいない

そのひとにもなんのためかは分からない
でもそのひとは腕時計を見る

そのひとにもなぜ正確に時刻を合わせるのか
でもそのひとは腕時計を見る

それがなにかの意味をもつのか分からないのに
でもそのひとは腕時計を見る

もうなんにんの家族に時刻を告げてきたか
もうそのひとも忘れ去っている

ただいつも正確な時刻を告げるために
そのひとは腕時計を見る

家族に時刻を告げるとき
そのひとはアウレリウスの言葉をこころで呟く

それで魂を救えるとはそのひとは想っていない
でもそのひとは腕時計を見る

アウレリウスの言葉をただこころで呟きながら
そのひとは腕時計を見る

そのときそのひとは医師でもなにものでもない
ただ去りゆく魂を看送るものだと

そのひとは知っている
だからそのひとは腕時計を見る






『永からぬこの時を自然の性(さが)に従って生きとおし、オリーブの実が、熟すれば、自   
 分を生んでくれた大地を賛え、幹に感謝しつつ、大地に落ちるがごとく、心穏やかにその
 時を終えることである』(マルクス・アウレリウス《自省録》より)


自由詩 そのひとは腕時計を見る Copyright HAL 2012-12-03 20:12:35
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