供述によるとお前は……
木屋 亞万
供述によるとお前は
うつくしい女と出会った
彼女は駅の階段でうずくまっていた
いくら声をかけても反応がなく
そっと肩を叩いたとき
顔をあげた女と目があった
お前はこれがほんとうの恋なのかと思い知った
女とであった喜びすなわち嬉しさが
幸福として心の底から満ち溢れ
同時にそれはお前の平穏を凄まじい勢いで脅かした
供述によるとお前は
彼女を連れて近くの寂れた喫茶店に入り
一言も話すことなくコーヒーを飲んだ
そして彼女が目を離している隙に
コーヒーにウィスキーを数滴入れた
お前は外套のポケットにウィスキーの瓶を忍ばせるような落伍者だ
彼女はそのコーヒーを何も言わずに飲んだ
気づいていたかは今となってはわからない
供述によるとお前は
その後ビジネスホテルをとった
ラブホテルではなくビジネスホテルだ
ガソリンのきれた車を寝ぐらにしていたお前は
女がどこかへ逃げてしまっても
ビジネスホテルで泊まれるからとでも思ったわけだ
そこで女とともにシングルベッドに腰をおろした
一言も口を聞かぬ女は人形のようだった
狂ったお前でも幻想かと不安になるくらいだ
供述によるとお前は
ここで一度部屋を出ている
こわくなったと言っているがコンドームでも買いに行ったのだろう
一時間ほど辺りを彷徨ったあと部屋に戻った
そこでお前は女の異変に気付く
服を着ていないのだ
クローゼットにもゴミ箱にも女の服はない
不思議なことにお前は女の着ていた服を覚えていない
供述によればお前は
それから女の身体を注意深く観察した
白い肌は陶器のようになめらかだった
短くやわらかな産毛が粉のようで
お前は我慢できずに背中を撫でていた
一度触れたらもう手を離すことはできず
痩せた背中にぽこぽこと浮き出た骨の起伏と
白い皮の奥に色を隠した血潮の温もりを感じていた
女は何も言わなかった
最初から最後までまったく何も
だからお前は彼女の声を知らない
人魚姫のような話だ
供述によるとお前は
最初は女が嘔吐したのだと思った
つまりぼしゃりと液状のものがこぼれる音を聞いた
それは女の心臓だった
胸骨がモンシロチョウのように開いているのをお前は見た
検死官によればそれはまた綺麗に閉じられていたそうだ
女の口元からひと筋の血が垂れて
お前はなぜかそこで女に口づけをした
お前の唇にもまだ女の血が付着したままだ
供述によるとお前は
心臓を何度も胸に戻そうとした
泣きながら何度も何度も
手を血に染めて
声にならない声を挙げて
よだれ鼻水を止めもせず
でも心臓を潰さないように
力加減をしながら
胸骨を開いたのがお前なら
戻すのも容易なはずなのに
お前は皮膚の上から
心臓を押し当てるだけだった
供述によるとお前は
そこで気を失い
ホテルの従業員が部屋の扉を開けるまで
何も覚えていないという
部屋に残された齧られた心臓と
お前の口の周りについた大量の血液を見るに
それを一口食べたと考えるのが自然だ
お前が肩にもたれていた死んだ女の胸骨の中には
「うつくしいうちにわたしをたべてしまって」というメモが残されていた
それはコンピュータで打ち出されたもので筆跡鑑定はできない
その女が誰なのかお前は説明できないし
今のところ誰もわからないままだ