マリコ
サカナ

遠い昔
父さんはマネキン
母さんはトルソ
小さかった僕は
マリコ、と
そう呼んでいた
一体のボディがあった

スタンドに立てられた彼女は
母親のくたびれたドレスを着せられて
部屋の隅で
ひっそりと立っているだけの
マリコ

うちには
マネキン
と酒を飲む父親も
トルソ
をせっせと着せ替えてやる母親も
居なかったものだから
いつでも窓を背に
寂しそうに佇んで

マリコ、と呼ぶと彼女
淡いブラウンの彼女
顔のない彼女
泣きもしなければ
笑いもしなかった

模範だなんて
知らなかったものだから
うっすらとした埃さえ
上品でしたマリコ



結局
ある朝目覚めたときには
彼女の姿は
あるべき所から
なくなっていて
父さんも母さんも
表情ひとつ変えず
僕だけが一人
ぽつりと寂しくなって
笑わなくなってしまった

マリコのいた場所に
そっと寄り添ってみる
部屋の片隅にひっそりと佇む僕
父さんは僕とお酒を飲んではくれないし
母さんは僕にドレスを着せてはくれない

僕は立っていた
マリコの帰るべき場所で
ずっと待っていた
淡いブラウンの彼女
顔のない彼女

遠い昔僕は
マネキン、に
恋をしていた
トルソ、を
抱いていた

無味無臭のあの女まで
僕が辿るべき道などなくて
ただずっと待っていた



あれから
何年もたって僕は
たくさんの匂いを知ったけれど
そのうちのどれも
大して思い出せはしない
今でも
顔も匂いもない
マリコ
棲み続けて
ふとした瞬間に
寂しげなあの影が
ぽつりと僕を
誘いにくるのだ


自由詩 マリコ Copyright サカナ 2004-12-19 03:59:34
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