ほんものを見つけるために
綾野蒼希

ぼくはこれまでに一度も、
ほんものを所有したことがなかった
ことに気がついた。
かつて幾度も、ほんものらしいにせものや
にせものらしからぬにせものを、
ばかみたいにつかまされてきた。
つかまされていることにすらぼくは鈍感で、
ただどことなく心臓のリズムがおかしいな
とは思っていたけれど。
ほんものの噂はずっと前から聞いていた。
母性の立ちのぼるぬるま湯の中で、
あるいは遺伝子からにじみ出る
希釈のない数式を解く中で、ぼくは、
ほんものを手に入れるためにまず、
にせものに染まるための解答を得たのだ。
それはほとんど正論に近いが
それはほとんど愚かな答えだと
今ならわかるのだけれど――けれど、
無意識のぼくを責められない。
心配性の母さんは、こう言う。
これまでに一度もほんものを所有した
ということがないのなら、その発見こそが
ほんものなのかもしれないね、と――ああ!
ぼくは、母さんの言葉を聞くたびに
たまらなくなってしまう。だって、
ほんものを知らないひとに
ほんものだなんて言ってほしくないのだ。
ぼくは、たとえ心で思っても
絶対に口には出さない、と決めている。
口にした瞬間、人見知りのほんものは
裸足で理性の外へと行ってしまうだろう。
いつだったか、面会のときに、
ほんものを失った父さんがこう言った。
おまえの求めているものは必ず
おまえのどこかにあるから、
静かにそっと、探してやるのだよ、と。
ぼくはそこでもまた
――ほんものを手に入れるために――
にせものに染まるための解答を得たのだ。


自由詩 ほんものを見つけるために Copyright 綾野蒼希 2012-11-28 18:21:14
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