ホッチキスでとめただけの簡単な詩集、でもそれを君は本と呼んで
木屋 亞万


ホッチキスでとめただけの簡単な詩集、でもそれを君は本と呼んで、束ねられた数枚の紙でしかないそれを僕に差し出すと、君は下を向いてコップについた水滴を指で撫ぜた。
何気なく開いたページには、立てこもりの犯人風に引きこもりについて書いた詩が載っていて、ニートが「ピザを寄こせ」と要求し、母親が泣きながら説得した結果、最後は近親相姦するというものだった。
君は恥ずかしそうに「どう」と聞いたが、むしろ君がどういう状況でこの詩を思いついて、どんな顔でこの詩を書いていたのかの方が気になった。
次のページには、ウニの精巣を食べすぎて卵巣がウニウイルスに感染し、トゲトゲの受精卵をピルで排卵する話が乗っていた。「穴のせいで落ちたアリス/幼きメイも穴に堕ちた/ 私もこの穴から堕胎しよう」と結ばれるその詩を僕はほとんど理解できなかった。
君は僕を覗き込みながら、何か返事を待っているようだったけれど、クマさんやウサギさんがハート型の輪になって踊っている表紙と、中の詩のギャップのショックを僕は受け入れることができないまま、詩集を褒める適切な言葉がうまく出てこなかった。
白いレースの洋服を来た背中に、般若の刺青を見つけてしまったような当惑。何をどう褒めたら良いのだろう。君はこれを僕に見せて、どういう言葉を望んでいるのだろう。
「心不全はだいたい自殺/ 起きてこないので様子を見にいったら死んでたも自殺/ 交通事故もほとんど自殺/ 戦争も精巣も自殺自殺自殺」
何なんだ。
「ラリアットしたい/ すれ違うすべての人の穏やかに/ 愛のラリアットを/ 腕が青く腫れて/ 柔らかさが完全にそこなわれても/ 骨が折れても/ 肉が見えても/ あたし/ お前らにラリアットするよ?」
何なんだ、これは。
めくっても、めくっても意味がわからない。なぜ初デートで入ったカフェで君がこれを僕に見せるのか。とりあえず僕はフラペチーノを一口飲んで、全身恥部という詩の「小腸をのたうち回る陰茎/ 柔毛を揉みしだき」という表現を褒めてみた。君は眉を顰め、表情がかたくなった。
君の望む返答ではなかったのだ。確かに日曜の夕方に洒落たカフェで口にする言葉ではないと僕も思う。
君ははっと何かに気付くと、詩集を僕の手から奪い返し、「ごめん、こっちだった」と、ホッチキスでとめただけの簡単な旅行ガイドのコピー集を渡してきた。君はそれをいくつかの旅行案内の本から抜粋してきたようだった。
僕は詩集のことは、深い無意識の穴に埋めて、君が再びそれを差し出すまで、二度と掘り返さないでおこうと思った。


自由詩 ホッチキスでとめただけの簡単な詩集、でもそれを君は本と呼んで Copyright 木屋 亞万 2012-11-23 09:08:59
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