大人の条件
中川達矢

指でなぞっていた路線図を
足で確かめるようになる、大人への階段

「いけぶくろ、おおつか、すがも、こまごめ、たばた、にしにっぽり、にっぽり、えーっと、うぐいすだに、うえの、おかちまち、あきはばら、かんだ、とうきょう、ゆうらくちょう、しんばし、はままつちょう、たまち、しながわ、えっと、えっと、なんだっけ」
「おおさき」
「そうだ、おおさき、ごたんだ、めぐろ、えびす、しぶや、はらじゅく、よよぎ、しんじゅく、しんおおくぼ、たかだのばば、めじろ、いけぶくろ!どう、すごいでしょ!」
「とうぜんだよ」

埼玉生まれの子にとって、東京にある私立の中学校を受験するのは大変なことだ。
東京の地理が社会科の問題で出されるから。
東京より、いわき、とやま、つ、まつえ、ひろしま、の方をよく知っていた。
それは実際に行ったことがあるから。そういう簡単な話。

あの頃、ぼくは「にしにっぽり」を目指していた。
そこが日本一だったから。
でも、「にしにっぽり」のことは何も知らなかった。
そして、知る必要もなくなった。

(大人は何でも知っていると思っていた。ぼくの知らない東京の街をすべて
 知っていると思っていた。けれど、そういう簡単な話ではなかった。ぼく
 は年齢的に大人になったけれど、知っている街より知らない街の方が断然
 多い。そして、知らない街を知ろうとすることもなくなった。必死で覚え
 た路線図。覚えて満足していた。でも、知っていることがある。それは、
 大人はすべて知っているわけではないけれど、ぼくのお父さんはすべて知
 っている。いわき、とやま、つ、まつえ、ひろしまもお父さんが教えてく
 れた。)

今は、しかたなく「いけぶくろ」を知り始めて11年目。
ぼくはまだ、「いけぶくろ」を全然知らないでいる。
東京もまた、全然知らないでいるままだ。


自由詩 大人の条件 Copyright 中川達矢 2012-11-08 23:17:26
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