お味噌汁
三田九郎

どこで食べても

お味噌汁はご飯の右

ぼくはこの配置が苦手で

いつも、必ず

ご飯の左に置き直す

お味噌汁が右にあると

右手で倒してしまいそう

その不安でいっぱいになり

食べられなくなる

幼い頃

左手でお箸を持つぼくを

祖父は厳しく叱った

鬼の形相

野太い声

号泣しながら

慣れない右手でご飯を食べた

それから少し経って

食事のときの恐怖だけを残して祖父は死に

お箸と鉛筆だけは

右手で持つようになった

毎日

改札口の前で

左手から右手へ

定期券を渡すたび

本当のぼくから

そうでないぼくへ

何かを譲り渡したような気になる

祖父の優しさはわかる、ただ

直しても直せないものがあるということ

お味噌汁はご飯の右

この配置を見るたび

恐かった祖父と

いつまでも違和感の消えない自分に

ほんの少し

悲しくなる


自由詩 お味噌汁 Copyright 三田九郎 2012-11-06 07:15:32
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