旅人への歌
HAL

もう何処まで来てしまったんだろう
振り返ればもう出発点は視えはしない
視界に映るのは遠い後悔か 懐かしい悲しみか
幻だったかのように過ぎ去った愛するひととの日々

振り返れば道は一本だけ
夏の眩しい光を遮ってくれた街路樹のプラタナス
石炭の匂いを含む風は彼処を想い出させながら穏やかに肌を撫で
その風に菩提樹は揺れて笑うがそれは微笑みか嘲笑いか

随分 長い旅だったような気がするのは足と靴だけ
ほんの一瞬だと教えるのは天空の星々と冬の雷鳴
もう終わりはそんなに遥か先ではないと知らせるのは鐘の音
『誰がために鐘は鳴る そは汝ながために鳴るなり』
それはジョン・ダンが詠んだ『不意に発生する事態に関する瞑想』の17番だったか

やがて紙のように降り始める白い雪は
末期の水のように唇で静かに溶ける
木枯らしはよくぞここまでとゴスペルかのような旅人への賛歌
そのときまたも教会の鐘が聴こえる祝福の幻聴

そう もう終わる そう もう終わる
歓びも哀しさも淋しさも虚しさも
充分に舐め尽くしてきて

そう もう終わる そう もう終わる
張られたゴール・テープにはGoalではなくSmile!と書かれている
季節外れにひっそり咲く白菊は旅を終えるひとに薫りで告げる

小さな幸せはあっただろと旅をして来たひとに
長くもあり短くもあった旅に意味はあったんだとの言葉の代わりに



自由詩 旅人への歌 Copyright HAL 2012-11-01 10:03:09
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