私はヘルメスの鳥。私は自らの羽を喰らい、飼い慣らされる。
木屋 亞万

菅原孝標女が孝標女という名前しか残せなかったのと同じように
私の名前はヘルメスの鳥
藤原道綱母のようにヘルメスの親鳥ともなれば矜持の一つも持てるだろうが
あわれ私はヘルメスの鳥
バーキンでもグレースケリーでもない
エルメスのブランドとは縁遠い
名のある鳥の少なさと名のある鳥の道化具合に嫌気が差す
私は曲芸まがいのことはしない
ヒトに胡桃を乞いもしない
上品を装うのも下品に徹するのも居心地が悪くて敵わない
私は鳥として鳥らしく日々を過ごせれば良い

名前などというものは本来必要ない
鳥として病んでいるものが持つものだ
名前を持つことは鳥らしからぬこと
私はもはや鳥ではない身だ

鳥は木の実を食えばよい
私は木の味気なさに耐え切れず肉を喰らう
我が身の何倍も大きな牛を喰らう
忍び足で後ずさりする牛を一頭残らず殺しては
腐ってしまう前に喰ってしまう
肋骨と腸で琴を作ればヘルメスも喜ぶかもしれないし
商品価値のなさに鼻で笑い火の中に放るかもしれない

返り血を浴びる羽根は菌を孕み我が身を滅ぼしかねない
ヘルメスの鳥は羽根を喰らう
返り血を浴びる顔の周りの羽根をむしり取ってはぺろりと食べてしまう
禿げていくのでは遅い
産毛だろうが引き剥がしていくのだ
むき出しの皮膚から血が垂れようと
ぽつりぽつりと血の黒子が膨らもうと
羽根は狩りには邪魔なだけ

目が充血し視界が滲むことがある
熱を持ち涙が浮かび瞼を閉じるたび異物感に覆われる
眠ることを欲している
牛の飼い主から逃げ続け
死を呼ぶ菌と病を拒み
月のように張り付く死を恐れる
嘘で包囲された夜の闇が私を飛べなくする
羽根が足りない
身体が重すぎる
スカスカの骨に冷気が入り込んでは軋む

ヘルメスの杖に寄り添う
焚き木と彼のわき腹が温かい
飼いならされることもまた
私をさらに飛べなくさせる


自由詩 私はヘルメスの鳥。私は自らの羽を喰らい、飼い慣らされる。 Copyright 木屋 亞万 2012-10-27 22:32:54
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