皿洗い考
salco

 皿洗い考

寂しい匂いを嗅いだ
消え去った時間に取り残された自分がいた
私は前進して来たのではない
ここに留まったまま置き去りにされたのだ
今も私は振り返るのではない
背後には何も無い、誰もいないから
現在すら存在はしないのだろう
外は雨だが、雨など存在しはしない
皿を洗うが、私も存在していないのだ
死んだのは過去でも愛する人々でもなく
私が幽霊なのかも知れない
置き去りにされたのだ


 皿あらひ唄

壱枚あらへばわしひとり
弐枚あらへばにふたり
参枚あらへば仔がをめき
四枚あらへば仕まひ湯に
五枚あらへばせなこゞる
六枚あらへば指われる

千枚あらへばぐしはぬけ
水ぬれ奴婢の夜ふけて
良人は細をわすれてゐ
子どもは母をわすれてゐ
たあれもをらぬ台どころ
儂はいつたいたれですか

壱枚あらへば片てまの
弐枚あらへばふた親に
参枚あらへば子がそだち
四枚あらへば嫁にやり
五枚あらへば里がへり
六枚あらへば孫さはぐ

萬枚あらへばお婆さん
泣きぬれ奴婢に魔のさして
亭主の寝くびかいた夜
ぬれ手のあかを洗ひます
まう終つたよとつぶやきつ
あらぬ手のひら見てゐます


自由詩 皿洗い考 Copyright salco 2012-10-25 23:11:08
notebook Home 戻る