我がうちなる銀河を低空飛行する
五十嵐 敬生

夕暮れになると
ばくは星間に漂いはじめるのだった。

追いつめられてすきとおっていた
声なき声は銀河の構造
肉体を失って誘いを待つあなたは光の粒子
粒子は崩れぼくは光速で見えないあなたを通過する
高電圧で眼をさまし去っていく光のひだを追跡する
時のダイナモはかからない
ランプは非常口に運ばれて
宇宙は光を記憶する

(星間ガスに接吻)

僕が瞳を濡らした、
街の常緑樹の中で悶えている柔らかいスピーカーに、
か細い即興文字が溶け込んでいく。

呪われた虚構のアルトサックスの内部で、
飢えた福音が自叙伝を退却させる。

肉体の巨大な威圧感と、
僕の網膜を詩の辞典にしてしまうあなた。

現在形の街の底でしか生きられない、
夜の映像に向かう異邦人の残響が、
ぼくの重い指先に絡まって離れない。
欲望の激しく点滅する歩道で文字の無力感に耐える。

<我がうちなる熱河を低空飛行する流浪の日々よ>

愛に類似したアルトサックスの深夜に時には気絶し、
ぼくは放心しながら詩の入り口に佇む。
欲情のない充実感が超越の試論を産み、ぼくは宇宙との闘争を覚悟する。

爆心地よ!
白紙上の銀河通行証よ!

超銀河の壁よ!

<星雲の中心でまだ銃声は響いているか>

ああ!天も地も幻だった。

新たな星雲探査、
新たな星雲探査、

爆心地の柵の外は、
壁だ! 壁だ! 壁だ!
壁だ! 壁だ! 壁だ!

(内面の地獄に建設される肉の首都よ)

燃える送電塔、柵の中で燃える送電塔。郊外の小さな駅のホーム。歩行は一時停止して復活の準備。
罪、発生の罪。ああ、罪とは何だろう。「お願い危険ですから柵の中に入らないで下さい」柵の中の罪人は罪状否認のまま急いで土手を下りていった。

植物の呼吸を浴びて
発熱する水鳥の影は
土手に横たわるぼくの死体

<ああ、緑、緑、緑吹く小さな川のほとりよ>
終身刑に服しているのは聴覚に残された…………。

言葉の腐敗を終えて
変形した銀河
銀河の壁にたちこめる
豊かな色彩の影を
複雑に追えば

ここはどこですか。
罪状は何ですか。
土手の壁のささやきに沿って
流れていく柵(ぼく?)は、
志木大橋を通過して踏み切りに向かう。

五月八日、午前九時。野辺山駅へ向かう高原の道路をゆるやかに曲がり、小海線の小さな踏切に出る。柵の中の送電塔と鉄路の記憶にすがる指は傷ついている。ああ、昨日バスで通過した米軍基地も白い柵で囲まれていた。どこかで離陸するジェット機の音。送電塔の横を通過する線路は暗い川に延びていく。

歩行幻覚、
発生の事実。
踏み切りにひざまずきカーブする線路の彼方を見つめているファインダー。
雪をかぶる八ヶ岳のいただきと灰色に光る線路がぼくの中に入り込んでくる。
銀河一ミリメートル奥の痕跡が残されている線路、線路の中で響く別の島宇宙の声…………………………………………に漂着する。

新たな亡命地を求める脱走兵。

銀河、超銀河の分岐点を呪う道は踏み切り、滅亡したぼくが復活しない巡礼の道だ。

ぼくは
巡礼に同行する言葉の中で
不思議な溺死をする

病める視線に残された百億光年の色彩、電波望遠鏡(東京天文台野辺山観測所)まで二キロメートル。
素足は汗ばんでいる。
(何故大地に戻れないのか)
霊感よ何処へ流れていくか。
神も遠い記憶になっていく廃坑の入り口、銀河再脱出の夢。
白い砂利に身を沈めたぼくは巨大な受信装置の影。
ぼくは車庫で眠れない。


自由詩 我がうちなる銀河を低空飛行する Copyright 五十嵐 敬生 2004-12-16 21:55:05
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