血の太陽
阿ト理恵


 卵巣が痛むのは、男と結婚したわたしへのFの復讐かもしれない。


愉快に晴れ渡った夏の午後。わたしは、シトロエンの助手席にFを座らせ、幌を全開にして高原へ向かった。風景が白いボディに写りこみ、わたしたちの後ろへ緑の匂いとお互いの長い髪と一緒に心地よく流れ去っていった。だんだん空気が薄く感じた時だった。ゆるりと水の匂いが漂いはじめた。雲がぐわんぐわん空を埋めつくし、雷雨がふたりを襲った。急いで、車を路肩へ寄せて、サイドブレーキに手をかけた時、突然、Fはわたしの右頬をぺろんと舐めた。柔らかい風が髪を撫でるように。そして、Fはわたしの瞳の奥をじっと見つめた。わたしの右腕は、なんだかとてつもなくぎこちない形でFの肩を引き寄せていた。そして、抱きしめた。お互いの細い骨がぶつかる音が雷雨の中へ溶けていった。
どのくらいの時がたったのだろう。
瞳を閉じたわたしにはFの心臓の音しか聴こえない。
「痛いよ!」
Fの声で、わたしは、はっとして目を開け、Fから身体を離した。Fの剥き出しの白い肩にわたしの爪が食い込んでいたのだ。うっすら血が滲んでいた。
「舐めてよ」とFがわたしの耳を噛みながら囁く。わたしは、云われたまま、恐る恐る舐めた。
「どんな味?」
と云いながら、血のついたわたしの唇をFは舐めてきた。

雨は止んでいた。






散文(批評随筆小説等) 血の太陽 Copyright 阿ト理恵 2012-10-15 01:49:50
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