ツタンカーメン展と娘
夏美かをる

夏休み最後の日曜日
娘達を連れて出掛けた『ツタンカーメン展』                          

それまで静かに私の後をついて来ていた下の娘が
王妃の小像の前で時突然口を開いた

「ママ、これは何?」
「これは、大昔のプリンセスだよ」
「まだ生きてるの?」
「ううん、もうとっくに死んでるよ」
「これって本物?」
「本物だよ」

「えっ!じゃあ、死んだら体が縮んじゃってこんなになっちゃったの?」

娘の大きな声に
周りの人達が?ふっ?と反応し
薄暗い空間に滞っていた空気が一瞬揺らいだ

人が死んだらどうなってしまうかも分かっていない娘
百よりも大きな数があることもまだ知らない娘には
三千三百年もの間 ただひっそりと存在し続けてきた
ファラオの遺品達が語りかけるものの重みは受け止められない

最後の展示はツタンカーメン王のミイラのレプリカだった

「これは本物?」
「ううん、違うよ。偽物だって」

「偽物なんだ! ああ、よかった!」

そう言うや否や売店に消えてゆく後ろ姿

?何か小さいものを一つだけ選びなさい?との命を真剣に受け止め
散々迷った末に彼女がそこで買ったものは
アヌビスを象った二ドル五十セントのトゥースボックス

その晩
日本語学校の絵日記の宿題をさせたら
彼女はそのトゥースボックスの絵をとても丁寧に描いた

  ゴールデン・キングをみにいきました。
  むかしのものがたくさんありました。
  おみやげもかいました。
  たのしかったです。

それから4日後
娘はアメリカの小学校に入学した

最初の3週間「学校に行きたくない」と
大粒の涙を流していた彼女は
最近やっと笑顔で「バイバイ」と手を振れるようになった
そして、毎日沢山のことを学んで帰ってくる

もしも来年の夏に『ツタンカーメン展』に行っていたら
娘はもうあんなことは言わないだろう

アヌビスのトゥースボックスは
今でも娘の枕元にきちんと置かれている
その中に収まったばかりの
煌めく真珠のような歯を見つめては
王のミイラのレプリカを見てあの時娘が言った
「ああ、よかった!」の意味を
ただぼんやりと考えている 
差し込む日差しでさえも朧げな初秋の午後


注)
・こちらでは抜けた乳歯をTooth Boxという小さな箱に入れてとっておく習慣があります。様々なかわいいTooth Boxが売られています。


自由詩 ツタンカーメン展と娘 Copyright 夏美かをる 2012-10-11 01:13:40
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