夜の鯨
ねことら





うまくいかないことがある。
うまくいくすべを、手放しているのかもしれない。


ふたりは、ざらざらした石球のなかでしんとしずまっている。
目はそらしたまま。夜に落とされたポイント。ふたつの波紋。


奥に留まっていたいのか、出てきたいのか、まだわからない。
想いを沿わすことにつかれたら終わりだろうか。
風景は石のように意味を失うだろうか。


窓辺から頬にやわらかくあたる十月のつめたい風に、祈る。




だらしないバスローブのような影をずるずるひきずってあるく。
僕はリップクリームをたべるように唇に塗りたくり、
きみはミネラルウォーターに数秒おきに口を付ける。あたりを見渡しながら。
TSUTAYAの看板や点字ブロックの黄色がモンスターのように思えてずっと緊張している。


電車に乗ってあんなにたくさんの人が何処へ行くのだろう。
乗客はみな、探しものをみつけられなかったような疲れた顔をしている。
ひどくひらべったい。近寄れない。


時折、ぼくらの背後の空から歯車がきしむ、澄んだ金属音がひびく。
そのたび、きゅっと心臓がつかまれたようになる。息をひそめる。
何事もなければ息を付き、そのたび1歳年をとってしまったように感じる。
なにかおおきな流れのなかにいることを感じる。
ふたり、もくもくとあるく。


街に秋がきている。
きみが巻く気の早い時期のマフラー。
種のバレた手品みたいにやさしくて、いたたまれない気がして、ちょっと手をつなぐ。
僕は小銭入れしかもたなくて、携帯は止められてて、
かばんにはパーカーのペンと、ノートと、
ジョンアーヴィングの短編集しか入ってない。
きみは相変わらず外国製のミネラルウォーターに口をつけている。
どこへいく約束もない。しずかで穏やかだ。


夜になると、そのたびにまあたらしい鋲がひかっている。
てやうでにそのままある。つきのひかりにかざして、すこし見とれる。
テーブルには誰もいなくて、コーヒーのこべりついたマグの縁に羽虫がとまっている。
冷蔵庫のうごく音と、換気扇のまわる音がする。
すべて黒と灰の線で画は構成される。
まるでおおきな石の球のなかにいるようで。


胸の奥がつめたくて、そこから四肢の先までが静かにしびれている。
なにかを確認するように、きみの衣服を脱がそうとして、
けれど何枚、剥いでも剥いでも、
やわらかくぶよぶよしたものがとりのぞけないでいる。
遠い火をみるような距離で見つめ合っている。


ぼくらの薄い胸や腰は、よるのみずのなかで淡くうかびあがる。
どこまでも燃えて、汗やいろいろなものと一緒にやがて液体になって、
このよるとまじりあっていく。
僕はしなびたものをきみの乾いたものにそっとあてがう。
そこにはきっとなんの意味もなく、なんの優しさもないけれど。
きみはしずかに声をあげる。夜に遠くで鯨が鳴くような、さみしい声で。













自由詩 夜の鯨 Copyright ねことら 2012-10-08 18:24:43
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