蛇口をひねったら水がでた。
赤錆の混じった茶色い水はドボドボと音をたててステンレスの洗面台を這っていく。
恐らくこれが最後の水だろう。その水を使い切ろうとしていた。
「赤い水?」
誰かが耳元で訊ねる。
でも振り向かない。
水はすでに廊下を満たしている。
「わたしはこっち」
息が耳にかかる。
そうだ。
わたくしという現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明であるから
首から下はすでに暗い水の中にあった。
私の息は透明な幽霊のように
記憶と倦怠を吐き出していた。
そうだ。最初から言えば良かったのだった。
これは赤い水だったし、これから先、もうそれしか出ないのだ。
それに、もはやここには天井まで満たされた水しかないのであるし
、それ以外のものは一切が水の中なのだ。
わたくしという現象は
假定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明であるから
((宮沢賢治の文を一部使用
http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/1058_15403.html))