雨宿り
深水遊脚

手廻しミルのハンドルが飛んだ
散らかったコーヒー豆の破片が
映し出す記憶が全て
重なって出来た白色



試験間近の高校生たち
ノートに書き留めた言葉で
妄想の歴史旅行を始めるための
正確な呪文にはいつもどれかの言葉が
不足している



本棚におかれた絵本を手に取る
少し前ならば教訓の欠片くらいはさがせた
さがすことが正しいのかわからない
そもそも正しいのか否か どちらでもよい
などと物分かりよさげに振る舞う嘘をまた重ねる
そう思いきれていないから
いつまでも鍵が見つからないというのに



濡れた上着と靴が乾くまではここにいたい
傘がないわけではないけれど
動きたくないから お願いだから
金投資の勧誘は他所でやって欲しい
聞くほうは愛想よくしていないでもっと突っ込んだ方がいい
高値のときは売り時であって買い時ではない
詩人でもそれくらいは知っている



忘れられたケータイ
席をキープするための小道具と
解してくれるのだから
日本の都市の人びとは案外やさしい
2分と経たずに持ち主の女の子は現れ
無駄のない動作でそれを持ち去った
本当に持ち主だったかは分からない
あるいは



コーヒーが美味な店はカレーも美味
という話は例外が多くて嫌になる
これ見よがしの焙煎香同士の絡み合いに
みんなついソノ気になってしまうのだろう
安いフーゾク店と同じで
官能のピークは 直前



店主は無口なほうがいい
コーヒー談義を向こうから始めるなど論外
(そういえば昔何度か被害にあったな)
翻訳は不可能 不要ですらある
日本語では難解でも
一撃で舌と喉に喜びを与え
外が雨だと忘れさせるような挑発的な一杯を
辞書を添えずに差し出して欲しい
などと 無い物ねだりを胸に秘め
今日も世間話



雨上がりに虹
本当にそんなベタなものに出会ってしまう
戸惑う いい歳も過ぎた大人ひとり
とりあえず少年少女の作法の一つに従い
足を止めて じっと見つめて
ふもとがどこなのかをさがしてみる
立ち去ろうとした店のまえで
もう少しだけ


自由詩 雨宿り Copyright 深水遊脚 2012-10-06 17:49:25
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コーヒー・アンソロジー