誰もが腹を立てている
まーつん

誰もが腹を立てている

作り笑いの下で
沸騰するいら立ち
火にかけた薬缶の様に

そしてここに
社会を舞踏室に例えた洒落者がいた

両開きのドアを押し開け一礼と共に
シャンデリア煌めくホールへと足を踏み入れる
燕尾服の男達やドレスの女達

儀式という菓子箱の中に行儀よく収められた
親愛の情(とろりとした蜂蜜)
思慕の想い(柔らかいチョコレート)
そして絹の下に疼く欲望 (酔いを誘うウィスキーボンボン)

ワルツに乗って回りながら踊り始める沢山のペア

儚き絆にふさわしく ほどけてはまた結ばれる
つかの間の出会いと微笑み 探り合う言葉の駆け引き
互いの指先から通い合う 体温の交換

ああ しかしそれは表向き

仮面の下に隠された男たちの眉間には
地に走る亀裂のような皺が刻まれ
涙の干上がった女たちの眼は
日照り続きの塩湖のようにひび割れている

抑圧の下でもがく生物の本能にとっては
文化の洗練を誇る筈のその衣装も
色鮮やかな拘束衣にすぎない

今夜 彼らは
神への冒涜を耳にした
旧約聖書の住人の様に
己の衣を引き裂きたがっている

そう この社会では

己が手で作り上げたルールが
自分たちを幸せに導くだろうとは
実は 誰一人として信じてはいない

自分たちの行動が
本心から望んだ選択であるとは
実は 誰一人として信じてはいない

彼等の選んだ仕事 生き方 伴侶 富
それはショウケースに並べられた 作り物の夢でしかなかった
テレビで宣伝され 映画で讃えられ 歌に唄われ 広告に刷り上げられた

美しき家 誇るに足る仕事 守るに足る家族

゛欲しがれ゛と命じられるがままに
求めそして手に入れた 見栄えのいい゛幸福゛



だが 持って生まれた創造性を
捨て去ることのできない 私たち人間の
偽らざる望みとは 一体何か

それは 創造すること

システム 慣習 思想 娯楽
使い古されたおもちゃで遊び続けることではない

そうではなくて
無から有を造り出すこと


私たちの魂は 決して満足できないのだ
出来合いの料理のような 即席の食事には


今宵 舞踏室の屋根に
汗の霧を立ち昇らせる踊り手たち
だが彼らにとっては その優雅なダンスも
重い鎖に繋がれた心を引きずって演ずる 苦役でしかない

その口が奏でるジョークには
魂の傷跡から滴る血の味が
いつでも苦く染みこんで

その口元に笑いが浮かぶ時でさえ
彼等の眼は怯えたハイエナのように縮こまり
その眼光は角氷のように冷え切っている

そして 今宵
たなびく雲の波間を満月が走るとき
人々は己が剣を振るい始める

幾つもの
眠れぬ夜に
研ぎ上げてきた刃を

弱き者達には災難だ
彼等の純粋な果実は
飢えた手で裸にされ
ひと口に噛み裂かれ
飲み干されるだろう




誰もが腹を立てている
己の望みを置き去りにして
歩き去った者達には 道に迷う以外に道はない

この社会では
微笑みは 罪
歌うことは 恥
夢見ることは 世間知らずの証し

ただ己を殺して踊り続けることだけが
生き延びることを許される ただ一つの道なのだろうか


自由詩 誰もが腹を立てている Copyright まーつん 2012-10-04 22:48:37
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