ぼくのテレパシー 2010
たま

まいにち、テレパシーをとばしている

とどいたのかなぁ
今日は雨だけど ・・・


れんちゃんにとって
六月はもう、真夏とおなじだった
朝から暑くてたまらないみたい
ひんやりつめたい板間の風通しのよい階段のしたが
日ながいち日
れんちゃんの指定席になる

梅雨入りしたばかりの日よう日の午后
今日は畑しごともおやすみだから窓のしたの座椅子が
ぼくの指定席となる

とばしても、とばしても
かえってこないテレパシー
こんな場合はなんていうのかなぁ
やっぱし、
おんしんふつう ・・ かなぁ

ふと、気になって
階段のしたの、れんちゃんにテレパシーをとばす

れんちゃーん ・・・
心のなかで三回呼んでみた

れんちゃん、むっくり頭をあげてぼくをみる
おおっ、つうじたかな?
って、おもったら
れんちゃん、めいわくそうな顔をして
ねむい頭を床にもどすと
とれーど・まーくのじゃあーきー腹がふうせんみたいに
ふくらんで
ぷいっと、ため息ついて寝てしまった

あれっ ・・・ 無視されたの?
なーんてかわいげのないやつなんだろ
おんなも四十をこえるとねぇ ・・・
あっ、これはとどくとまずいかも


髪がのびてくると天パーはたいへん
歳とともにほそくなったアンテナがからみ合って
あー、これじゃあ、とばないかもね ・・・
でも、れんちゃんにはとどいてるみたいだから
だいじょうぶだとおもうけど

ねぇ、ママ。れんちゃんにテレパシーがつうじたよ。
ちがうでしょ。
それはね、アイコンタクトっていうのよ。

なんだ ・・・ そっかぁ。

雨の日は耳がうるさい
わあわあ、きいきい
うまくとばなかったテレパシーが耳のなかで
出口をさがして
右往左往しているみたいだ
とおくても近くてもぼくのテレパシーは健気に
とんでいくはず

はやぶさみたいにね
そう、しんじていたい

もし、ぼくのテレパシーが半けい五メートルしか
とどかなかったら
とおくはなれたひとは愛せなくなる

なんだかいちばんつらいなぁって、おもう


テレパシーだって道にまようことがあるのだろう
知らないまちから招待状がとどいた

れんちゃん、ちょっと出かけてくるね。
おるす番たのんだよ。


東京は何年ぶりだろうか
上野から十五両編成のながい列車にのった
小金井行だった
大宮あたりをすぎると都会のにおいがきえた
田植えのおわったばかりの水田の一角に
こおばしく色づいた麦畑がみえた
水無月のとなりに麦の秋が佇むうつくしい風景だった

久喜でのり換えてようやく
羽生というまちにたどりつく
みわたすかぎり平らな大地に
まあたらしい駅舎だけがぽつりと目立つまちだった

ああ ・・・ 
ここならどこまでもとばせるかもしれない

南も北もわからないけれど
あてずっぽうにとばしてもだめかもしれないけれど
ここならきっととどくかもしれない

何年かかってもかまわない
寄る辺ない遥かな真闇の海を旅したとしても
きっとかえってくる
はやぶさのように

天の川に蒼白の虹をかけて


もえつきた ぼくのテレパシーが
あのひとを つれて














自由詩 ぼくのテレパシー 2010 Copyright たま 2012-09-26 13:12:58縦
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