活きた魚の眼
佐々木青

カウンターのまえに生簀がある
生簀のうしろで二人の板前が
包丁を手にして僕たちの注文を待っている

弟と〈活定食〉というものを頼んだら
すかさず板前が網を持ち出して
生簀から魚を二匹すくった

板前は華麗な手つきで
あばれる魚をさばいていく
肝が棄てられ
身だけが残る
それらは活造りとなり
僕たちの目の前に運ばれた

魚はピクピクと鰓をふるわせる
生命が絶たれたばかりの残響に
魚の神経が目覚め
活きた眼が
僕たちをじっと見つめる

それから
たしかに僕たちは
「いただきます」と魚に向かって言った
(これが食事なのだ)
(これが食事なのだ)

身に弾力があって
魚はとてもおいしく
それはほんとうに
いまこの瞬間まで生きていたものの味だった

となりで弟がこんなことを言う
「食べたものが僕たちの身体になってるんだって、
 この魚が僕たちの指になったり、
 内臓になったり、
 全身に隈なく行きわたって、
 ほんとうの意味で僕たちの身になるんだ」

一匹の魚を食べることが
また少し僕たちを大人にする
そうでなければ
子供にしたのかもしれない

食べているあいだ
魚はずっとビクビクとしていたが
食事をすませた僕たちが
「ごちそうさまでした」と言うころ
魚はもう動かなくなっていた


自由詩 活きた魚の眼 Copyright 佐々木青 2012-09-23 21:48:11
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