渋谷の2Fで
番田 


信号がひっきりなしに変わっている渋谷の交差点。人が我を忘れたように通りを過ぎていくのが見えた。スターバックスは、足の踏み場もないくらいに混み合っていた。誰かの結婚式から帰ってきたような身なりの人たち。周りでは、学校や仕事場の友達の名前が繰り返されている。携帯では現場の人との専門用語の言葉がやりとりされていた。ため息をつく者もいないし、奇声の発せられることもそこではない。交差点はまた青に変わっていた。タクシーや小型のトラックがくまなく行き交っている。そして、太陽の光が鋭く差していた。味気のない残像を残して、アルミの上をスライドしていくだけの光たち。


僕には何も夢などは無く、開いた雑誌の上を過ぎていくだけの日々。頭をよぎるのは、テレビゲームのことだとか、本や小説の話しのことなどだった。意思もないのに恋人ができるようなはずもなかった。だけど、そういったことも最近は、友達との共通項としては役に立たなくなっていた。映画も歌謡曲も、話しをするにはすでにつまらなすぎた。そうではないものとはなんだろう。不安が、頭の中を横切った。自分は会社の中で勝ち抜いていけるのだろうかと。ひしめいた人間社会の中では予定通りに事が進むことはあまりに少なかった。もう何度頭を下げてきたのかわからない。多くは頭を下げることだけが防御手段となるようだったが、失敗を想定しておくことだけが、それをうまく取り繕える手だてになるようにも思えた。


例えば好きな人といると、何をすればいいのかわからなかった。手を繋ぐのはとても恥ずかしい。だから、いつも隣を歩いていることが、僕の心を落ち着かせた。話すことはあまりなかった。こんな僕らはどのようにしてつきあうことになったのだろう。友達の後押しの方がよほど強かったのかも知れない。彼らの顔を、お互いにあまり潰したくはなかった。それにそんな風にして結婚しているような人のほうが周りの大多数だったのだから。雑誌で見かけたようなこぎれいな店に入り、僕らはドラマで見かけたような会話と、口づけを交わしてみたかった。そうして、僕はまたひとり、家路を結ぶ電車に乗っていた。疲れと不安が、月曜日へ向かう瞼にはのしかかっていた。家に帰ったらその子が言っていた小説を読んでみようかと思っていた。あまり、そんな名前の作家自体、聞いたことはなかったが。



散文(批評随筆小説等) 渋谷の2Fで Copyright 番田  2012-09-23 01:21:13
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