Don't Know Why
木屋 亞万
たのしみが待っているとわかっていても
踏み出していけない日がある
自分でもどうしてかわからない
陽気で華やかで美味しいものがあるのはわかっていても
足が向かない
敵意や悪意があるわけじゃない
ただ楽しいだけ
たくさんの人と笑顔で時を過ごすだけ
日が暮れた街に電灯が眩しい
葡萄が染み出したワインの滑らかな色
夜を膨張させる果実の匂いも
口に含めば幻想と気付く
頬が紅潮し鼓動が走り始めても
碇のように沈んでいく気持ち
海を見に行きたい
光の届かない砂浜で
ずっと波の音を聞いていたい
バイクの音もクラクションも聞こえないような
遠い遠い海で乾いた潮の香りを頬に浴びながら
逃げていく月を嘗め回したい
朝は来なくてもいい
億劫と憂鬱と面倒と倦怠を連れてくるから
隣に誰もいなくていい
誰かを信頼するための準備も
裏切りに耐えられる精神も持ち合わせていない
涙の代わりに海水で手を塩に染めて
興奮の絶頂で死ぬ夢を見る
死んだ後は白い骨になって
一点の濁りもないすべすべの白骨となって
陶器の壺の中に納まる
運転手のいない乗用車で
真夜中の高速道路を走っていく
等間隔の黄色い電灯と
道の真ん中に登る月
助手席に置かれた私の骨
人のいない方へ向かって走り続ける
たのしみが待っているとわかっていても
踏み出していけない日がある
自分でもどうしてかわからない
音楽で耳を塞いで
零れ出る言葉を拾い集めて
紙に貼り付けるくらいしか
今のわたしにできることはない