小詩集【常夜灯】
千波 一也





序、 みあげる


だまっていたら
うつむいてしまうので
みあげる

うつむくことは
わるいことだと
ひとりで
おぼれて
しまわぬように
みあげる

そこに
すくいが
なくてもいいから、と
かたむいた
おもみの
ぶんだけ
みあげる





二、 告げぬひと


こころが優しいのは
告げぬひとです

こころが美しいのも
告げぬひとです

そう
教えられたから
わたし
告げずにきたのに

こころが汚いのは
告げぬひとです

こころが冷たいのも
告げぬひとです





三、 くだらない話


くだらない話を
しませんか

時間の無駄とおもえても
さほど影響のない
無駄ですから

こころを
試してみませんか

こころを
許してみませんか

こころを
誘ってみませんか

どうでもいい、と
おもえることが
どれだけほんとか
眺めませんか





四、 驟雨


困りごとのはずなのに
駆け出すひとの
影は、きらり

驟雨をうらむ
ことばの裏は
どこか、にやり

つかのまの騒ぎが
ぴたり、と止んだら
影はうつろい
やはり、きらり。





五、 百獣


宿るものは
名を持たない

宿らせるものもまた
名を持たない

互い違いに
突き立て合う牙ならば
いずれも等しく
慈しみであり
哀れみである

朝にはむく毛
昼には四肢
夜には眼

司るものは
名を呼ばない

呼ばせているものが
あるならば
それは
証だ

いわれのないものごとを
脱ぎ捨てようとする
ならいの
正しさの
証だ





六、 包囲網


わたしの不幸は
加護にある

わたしの幸も
加護にある

それを
知らずにいるわたしと
知っているわたしと
どちらでも
選べるというのに

わたしの孤独は
不幸をもたらす

わたしの孤独は
幸をももたらす

道標など
はじめから無い
どこにも
無い

あるのは音だ
不透明に
鳴り続く
音だけ






七、 風のベル


胸の向こうを
呼びさますのは
いつもささいな風ばかり

誰がおくった風なのか
どの手がとどける
風なのか

わからぬことを
受容したなら
そっと
だれかに
響くだろうか

だれかの朝を
告げるだろうか





八、 シンプル・ハート


やさしい話が好きなので
易しいこころを
うたいます

そうして
継がれてゆくうたは
どれほど賢い
毒でしょう

毒に
あかるい
小鳥の群れが
毒をおそれる矢に
射られても
易しいことばが
かこうでしょう

やさしい話の表紙には
先のとがった
ハートを添えて
ささいな傷など憂えない
易しいこころを
つなげましょう





九、 金字塔


いつしか
まぼろしは
味方になりすまして
あらゆるひかりの
残酷さを
麻痺させて
しまう

綴られた文字の
内側も
外側も
しらないならば
しらないなりに
柔らかくなれる
硬くも
なれる

この手に
触れられない
すべての記憶の源を
敬うことが
もっとも
重い鍵

罪ならぬ罪を
美しく
染めて
しまう
もっとも
暗い






十、 臨月


伏すべきあては
知らずにきたから
ねがいはさほど
鋭くはない

それでも
痛みは確かにあって
聞くべき声は
必ずあって
これまで
何度も
失ってきた

拾い集めた鏡のなかに
夜のかけらを
光らせて
何度も
何度も
求めつづけた

もう二度と、など
果たせもしない
いつわりならば
明日また
生きていよう

生まれてこよう
広大なこの
灯りの
すみに





終、 余白


なにを
描きましょうか
その余白には

なにを
足しましょうか
その疑問には

なにが
不満なのですか
その完成の

なにが
不自由なのですか
その独走の

なにを
飾りましょうか
その余白には

なにを
残しましょうか
その夜道には





零、 常夜灯


なにも
視なくて良いのなら
なにも視ないで
おくが良い

なにも
聞かずに済むのなら
なにも聞かずに
おくが良い

常世をわたる夜の舟には
信じた過日が乗っている
にわかには
信じがたい姿で
時々向こうを許して
みせる


 洗い流したはずの鱗粉に
 うずもれている呼吸を
 見出せ、はやく


落ちてゆくのも
のぼってゆくのも
とらわれのない
従順な途

からまる糸が
淡く通過を始めたら
夜はまっすぐ
影になる

隠れようのない
炎と水が
時間を
結ぶ
















自由詩 小詩集【常夜灯】 Copyright 千波 一也 2012-08-31 00:09:23
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