昨日のジョー
草野大悟

「ったく、もう、この子は図体がでかいばかりで、とんと根性ないんだから」
母親からそう言われ続けて育ってきた守田太郎が、何をどう間違ったのか、
ボクシングを始めたのは、大学に入ってからだ。
元来、ミーハーな太郎は、当時一大ブームを起こしていた「明日のジョー」に
涙を流すほど感激し、オレはジョーになる、となんの脈絡もなく決心した。
髪をジョーカットにし、ジョーと同じコートをはおり、挙げ句の果ては
泪橋を渡って、ふる里のドヤ街に帰ってきた時、ジョーが肩にかけていたバッグ
まで買って、口笛をしぶくふきながらキャンパスを闊歩する彼は、瞬く間に、
奇人変人のレッテルを貼られた。
クロスカウンターも打てないのに、ジョーの必殺パンチ「トリプルクロスカウンター」
の練習に励み、ノーガード戦法で試合に臨んでは、はでにKO負けを重ねる彼を、
ボクシング部員は、いつか、「昨日のジョー」と呼ぶようになっていた。



自由詩 昨日のジョー Copyright 草野大悟 2012-08-30 21:16:13
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