くじら帽子のおんな
草野大悟

ヨシキリザメが泳ぐ
ちいさな町の
ちいさな家の二階に
海はひそんでいる。

右手で白い幅広の帽子をおさえ
車椅子にのったおんなが
吹き荒れる海をみつめて
V字に固まった左腕と
尖った足とで
待っている。

何光年も待って
過去のすべてが
けっして戻らないと知った夏
おんなは
話すことも食べることも立つことも笑うことも捨て
風の鳥になって
深さもしれない自分のなかの海へと
飛びたっていった。

青が笑う空のかなた
おんなが
いつも被っていた帽子が
虹色の潮を吹きながら
風の鳥になったおんなを
きょうも
さがしている。


自由詩 くじら帽子のおんな Copyright 草野大悟 2012-08-26 23:32:25
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