注文
小川 葉



わたしがこの世に生まれた
次の瞬間
ご注文はお決まりですかと聞かれた
わたしはニシン蕎麦を注文した
ニシンも蕎麦も
食べるのははじめてだったのに
へいお待ち、と言われて
ニシン蕎麦を食べてみたけれど
小骨の食べにくさも
長い蕎麦の喉越しも
いつものことのように感じられ
お店で食べたらお金を払う
なんてことも知らなかったはずなのに
美味しかったです
値上げしたんですね
などと
時にはいらないことさえ言ってしまう
そのことに我ながら驚いた
次の瞬間
ニシン蕎麦は思い出になっている
ニシン蕎麦はもちろん
それ以外のことも
あっというまに
急かされて
わたしが生まれた
次の瞬間
ニシンも蕎麦も
なにがなんだかわからなくなっている
やがてそれらは
本来そうであったかのように
ニシンは海を泳ぎ
蕎麦は野に靡き
わたしも風に帰っていく



自由詩 注文 Copyright 小川 葉 2012-08-26 21:38:56
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