境目も変わり目もなく ただ足音が響くだけ
ただのみきや

山ぶどうに覆われた丘陵地沿いに車を止め
アキアカネの静止
止みきらない雨
昼から夕へ傾むいてゆく
キリギリスたちの単調なコーラスに
ヒヨドリの絞り出すような歌声が響いていた

この辺りの夏はすでに黄昏を帯び
会話の途切れがちな恋人たちのよう
季節の変わり目は抜け落ちた記憶
別れが近づいていることを感じながら
気がつけば ただ後ろ姿を見送っている
時代の変わり目も また同じよう

 「その日を境に」 なんて
後々都合よく立てたフラッグに過ぎない
誰にも知られないところで
たとえば誰かの頭の中で
それが何をもたらすのか知る由もなく
   蠢いている
何時からそこにいたのかも定かではない
   なにかが

ヘリコプターの襲来にヒヨドリたちは増々ヒステリックになり
雨脚が強まるとキリギリスたちは沈黙を決め込んだ
まるで存在すらしなかったかのように
一雨毎に何かが分け隔てられる
無限にも思える一粒一粒が
何かを融解し 
何かを目覚めさせ
何かに死をもたらし

近づく足音と遠ざかる足音
戦争と平和 そんな対極の境目すら
人は見出すことが出来ずに右往左往する
まるで平和が戦争の母であり
戦争が平和の父ででもあるかのように
だが どちらも人間の私生児だ

戦争は丈夫な子だったが
平和は虚弱な未熟児だった
人は両方を育てる力がなく
泣く泣く平和の首に手をかけた
そして戦争に向かって言ったのだ
  
     「わたしの代わりにいつかおまえが
           平和を生んでおくれ
           立派に育てておくれ」

だが戦争の子どもは戦争でしかなかった
長い歴史の中でごく稀に
隔世遺伝の平和が生まれたこともあったが
やはり未熟児で長くは生きられなかった
戦争は今も親に言われたことを守り続け
いつか平和を生み出せると信じては
多くのいのちを奪い続けている

ただ 人だけが全てを忘れたかのように言う
   
   「わたしは平和を愛している
       わたしは戦争を憎んでいる」  
  
突然 土砂降りの雨が激しく地を打ち叩き
暗雲が破れ陽光が降り注いだ
今 全てのものが黙していた
世界とわたしを隔てるはずのフロントガラスの上を
水はとうとうと流れ 光を揺らめかせた
世界が泣いているのか
自分が泣いているのか
境目も変わり目も見出せないまま
ただ 黙するしかなかった
近づいて来るものと
去り行くものの気配を感じながら


自由詩 境目も変わり目もなく ただ足音が響くだけ Copyright ただのみきや 2012-08-22 22:58:25
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