祭の夜、拳銃を探す
草野春心



  小雨の降る
  夏祭の夕べ
  タキシードを着た中国人が
  屋台と雑踏を縫って歩く
  みすぼらしい電飾にきらめく
  濡れたビニール傘の匂い



  その中国人の着る
  タキシードはあくまで白く
  ぬかるんだ土を踏みつけて歩く
  靴にさえ、汚れ一つない
  けれども故郷を遠く離れて
  母親のうたう歌も忘れ
  南風に曝された彼の心に
  赤い染みは日ごと滲んでゆく



  中国人は拳銃を探している
  それもまた、手垢ひとつない
  美しい黒い光を湛えた銃を
  祭の宵、楽しげな人々の声を背に
  彼は探し続けている
  想像では、それはきっと
  何所か貧しげなビルの一室の
  貧しげなスチールの机の
  抽斗にしまわれているのだ



  何所までも途切れることがない
  屋台群は彼に巨大な円を思わせる
  自分は誰からも疎まれ
  そして自分も総てを憎んでいる
  そのような形で彼に示された
  一種の刑罰を思わせる
  間延びした、見知らぬ言葉の渦が
  彼からあらゆる言葉を奪う



  けれども私は
  彼らを撃たないだろう
  湿った土埃と人いきれで
  徐々に混濁する意識の端で
  中国人は思う
  私は彼らを撃たないだろう
  それに自分を撃つつもりもない
  錆びた抽斗をそっと開き
  私が拳銃を取り出したとき
  きっとそれは濡れているのだ
  何所か遠い場所から届いた
  夏の夜の雨のせいで



  祭の夕べ
  小雨の調べ
  みすぼらしい電飾にきらめく
  昔ながらのささやかな痛み
  それでいい
  構わない
  その拳銃に
  充分な数の弾が込められていれば
  私が本当に撃ちたいものは
  きっともう、
  既に誰かに撃たれてしまったのだ





自由詩 祭の夜、拳銃を探す Copyright 草野春心 2012-08-18 09:05:40
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