永い冬眠
HAL
あなたのいないこの部屋は
あなたを失ったことをまだ知らない
昨日までは
笑い合ったふたりの会話の声も
時には怒鳴り合った喧嘩の声も
聞こえないのに
この部屋はそれすら気づかず
あたしの泣き声に怪訝さも覺えない
どう言えば分かるのかしら
この部屋からあなたが先に消え
あたしももうすぐ出ていくことを
それでも平気だと
この部屋はいつものように
朝を迎え昼を遣り過ごし夜に眠るのかしら
この部屋でのふたりの睦み合う喘ぎは失われ
あたしの小さな熱い叫びももう聞けないのに
その代わりに冷たい無機質な空気に覆われることを
時計はスローモーションのように動きが遅くなり
ソファも家具もごみ箱さえも凍っていこうとしてるのに
この部屋はその冷たさにまだ気づかない
やがてこの部屋の温度が絶対零度になったとき
もうこの部屋の扉は硬く凍てつき
もう誰も迎えられなくなることを知らないままに
死後硬直に襲われることをこの部屋は受け入れるのかしら
だけどスピーカーから流れるベルリオーズの
幻想交響曲だけが永遠に流れつづけ止むことはないことを
そしてそれは決してこの部屋の鎮魂歌でないことを
いつか必ず訪れる春を迎える賛歌であることを
この部屋は分かりながら果てしない冬眠に入るのかしら