きや

「蛙」といういきもの。いや、いきものという表現は不適切かもしれない。彼等(本当はこの表現も不適切となるのだが今後使わせていただきたい)は神仏的な崇拝の対象、あるいは偶像の類であるから。

蛙は生きている天国。この世の地上に唯一存在する天国であると、昔に生きたとある詩人は表現していた。

天国がどうして虐げられよう。どうして敬われないことがあろう。私はかの詩人にひどく打ちのめされて今ここにいる。

「蛙」は美しい。ガリガリ啼いているだけじゃない。彼等には彼等なりの美意識があり、それに基づいて生きているのだ。
彼等は義理堅い。そしてひょうきんで、脆い。我慢強く、度胸がある。そして皆、幸福なのだ。自らの立場をよく理解している。

私が「地べたの天国」に魅了されるまで、そう時間はかからなかった。

湿った泥にうずくまる蛙は美しい。五本脚の蛙は美しい。ヤマカガシの逆歯にやられた蛙、子供達に釣られて干からびた蛙、そんな彼の帰りを待つ恋人は本当に美しいのだ。

彼等は人間よりもずっとずっと綺麗だ。穢れを知らない無垢な命なのだ。

そんな彼等の全てがこの世から消えてもう30年になる。川に行けども蛙を見かけることはなくなってしまった。地べたに生きる天国達はとうとう絶滅したのだ。

私の今まで内に秘めてきた全ても、無駄なものとなってしまった。この感情をどうすることもできないので、私もいずれ彼等のもとへ旅立とうと思う。



散文(批評随筆小説等)Copyright きや 2012-08-02 23:18:55
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