根のこと
はるな


外へでればぐんと伸びるような青空、目だまの焼けそうなアスファルト。段ボールみたいに日焼けして香ばしいにおいのする子どもたちとか、中学生くらいの男のこ。少年の汗ってどうしてあんなふうにぎらぎら反射するんだろう。

それにしても、夫は暑さに弱い。暑さにも弱いし、寒さにも弱いし、渇きにも、空腹にもがまん弱い。このひとってなんでこんなに甘ったれなのかしらと思う。しかしそれでも、生きることに関してはわたしよりもずっとずっと長けているのでやっぱりなぜかしらと思う。暑くったって、寒くったって、のどが渇いたり、空腹だってべつにそんなに気にならないけど、でもそうか、それはそもそも生きていることじたいがおっくうなのであって、そのような些細な事象にはかえって鈍感だからか。などと考えながらの午前。
夫はとなりの、冷房の効いた部屋で寝返りをうっている。騒々しい―生命力そのもののような―寝息。

引っ越しがひと段落した。
関西へ行って一年半もたたないうちに、今の場所へ来ることになった。海までは、バスへ十分ほど乗ってから、さらに十五分ほど歩けばいい。駅まえに小さなスーパーマーケットがふたつと、コンビニエンスストアと牛丼屋がある。
放置された自転車の錆。
あたらしい場所へ来るのはいいことだ。気持ちがあたらしくなる。ほっとする。誰もわたしのことを気にしていないんだ、と思うことによる安心感。むかしはわからなかった。なじみたくて、でもうまくできているかわからなかった。
なじみたくないな、という気持ちと、いつまでたってもどこにも根付けないのかしら、という気持ちがある。その気持ちは、だけどずっと前からあったものかもしれない。つねに。

ふつうの浮気ものって感じともちがうよなあ。
以前に会っていたひとはそういうふうに言っていた。
遊び人ってことともちがうし。と。
楽しそうにしゃべる人だった。背が低くて、とてもきれいな顔立ちをしていた。
―根なし草かな。
その気になればどこにでも根付きそうなのにね。自分で引っこ抜いちゃうんだね。
…楽しそうにしゃべる人だった。会えばいつでも誉めてくれたし、抱いてくれた。いまどこにいるかも知らない。

自分のせいなのだとわかっている。さみしがるのはお門違いなのだ。
でもだからって、いま夫に根を張れば、きっと程度がわからずに絞め殺してしまう。
そんなのって、おかしいよね。と、つぶやいて、夫のうなじを撫でると、こんなにすずしいのに汗がぎらぎら光っている。うす暗い部屋のなかで、しめった生き物がふたり、べつべつに、息をしている。そのときには、もう安心してしまって、わたしも目を閉じているのだ。



散文(批評随筆小説等) 根のこと Copyright はるな 2012-08-02 01:22:06
notebook Home 戻る
この文書は以下の文書グループに登録されています。
日々のこと