Kさんのこと
ふるる

Kさんとお知り合いになったのは、かれこれ9年前。フォーラムに投稿をはじめて少したった頃、Aさんという方から、「新しい詩のサイトを作ったので遊びにきてね」とお誘いを受け、行ってみたらいらっしゃった。
そして、AさんとKさんの会話の難しさ、博識ぶりにびびりました。詩って難しいこと知らないといけないのかな・・・とちょっと思って色々読んだりしました。ソシュールとか、哲学とか、初めて知った。
そこでの私が感じたKさんの立ち位置というのは、あまり作品は投稿されず、詩へのコメントや、何かきっかけがあった時に、知っていること、興味のあることを、知らない人にもよく分かるように、面白く書いていく、という、なかなかに貴重なタイプ。その範囲は文学はもちろん、自然から星からSFから数学まで多岐に渡りまくる。
私の持っている、Kさんのイメージは、今もかつても、大げさでない、常に中立を保つ(中立というか、どちらの意見にもちゃんと顔を向けている感じか)心が広い、そして無類の読書好きで、魅力を伝えるのも上手。私もわりかし本は好きで読みますが、桁が違うし、すっごく本と戯れてる感があって、おそらくKさんの見る言葉の世界、読む詩、というのは、私よりずっとずっと深くて遠くて楽しいんだろうなあと勝手にうらやましく思います。 

さて、現代詩フォーラムでは。
いつからかは存じませんが、KさんはRT会議室によくいらっしゃって、朝はおはようといってらっしゃい。のご挨拶をしてました。ほぼ毎日だったのかも。私はフォーラムでのチャットはある時から封印しているので、よくは知らないけれど、Kさんは、訪れるたくさんの人と会話を楽しんでいて、特にはじめてフォーラムに来た方にとっては、色々聞けて安心できて、よかったことと思います。さらにすごいのは、「・・・さんの作品の・・・が・・・で」と、会話してる人と作品の内容についてのことをぱっと言えたりする。私は、作品を読むけど、作者の名前はあまり覚えていないので、すごいことだと、素直に思います。作者は、言われたら、嬉しいと思う。
あと、フォーラムではたまーに、議論のような責め合いのようなことが起こり、ヒートアップした頃に、Kさんが、どちらの意見にもちゃんと顔を向けている感じで、意見を述べるということがしばしばあり。そこで、すーっと収まっていくという場面をいくつか目にした記憶があります。
あと、Kさんは言葉が好きなので、言葉をうっかりでも、その意味がなんていうか、誰かを傷つける?意味が狭められすぎ?みたいな使われ方をすると、ちゃんと意見を言います。もちろん、どっちが正しいか、という立ち位置ではなくて、ただ意見として(というふうに私には見える)
あと、題名だけのスレッドに長く投稿していらっしゃるので、題名でお世話になった方も多いはず。私もお借りしました。思い出深いです。「私のための題名だ!」なんて勝手に思っちゃって書いた詩は、後にも先にもそれだけだから。うれしかった。
個人的には、少し長くお知り合いで、会話もしているというご縁で、すごく大変な時にすーとフォローを入れて下さって、ほんとうに感謝しています。助けられたのは多分私だけでないと思う。気遣いの方。そういう意味では大人です。誰もが面倒がってやらないことを、淡々となさる。
ライ麦畑のキャッチャーのような存在です。
別に持ち上げて言っているわけではありません。私にとっての事実を述べています。

そして、現在、Kさんは色々大変なのです。何がどう大変なのかは、親しい方はご存知です。
でも・・・こういう時、何をどうすればいいのか分からない。
私はわからない時は結構あたって砕けろタイプなんですが、あたってKさんが傷ついたらそれは「だめ」って思う。
こう書いていること自体、傷つけてしまう可能性がある。と書くこと自体・・・あるいはもしかして。
つまり、体調その他について、違う人間同士だから分からない、深い溝があるだろう、それをどうすればいいのか分からないということです。

そんなわけで、私は、思うことしかできてない。思うだけで心が通じるとは思わない。
でも、もしかしたら温度くらいは伝わるかもと。
無駄ですかね・・・でももう思うだけじゃなく、書いちゃったな・・・

Kさんのことは、できれば、Kさんに助けられたとか、お世話になったとか、思っている人が、Kさんのことを守ってる、ということが感じられて、という風に・・・だったらいいな、というのは、私の我がままです。でも、だったらいいな。

なんか、書いているとわーん!!!となる。
なんで!にはじまり、どうか神様・・・、になる。
繰り返す。
一緒に暮らしているわけでも、実際会っている親しいお友達でもないので、頻度は少ないかもしれませんが、パソコンを立ち上げるたび、フォーラム・・・Kさん・・・と思う。思うだけなんですが。
思うだけは無力。現実的には無力。でも、根っこでは、有力であると、私は結構本気で信じている。

私だけの勝手かもしれないけど、尊敬してて、好きだし、大切なお友達と思ってる。

他に、私にできることはあるのかな・・・あるなら、どんどん言って欲しい。


後日談

この文章を書いたきっかけは、KさんがフォーラムのPbであることをつぶやかれたからですが、(追悼文的なものを書いてくれるなら、生きているうちに読みたい。という内容でした)勝手に投稿するのは憚られるので、Kさんに読んで頂きました。その時にお話しをして、私の心配していること(私の文章でKさんが嫌な思いをしたり、傷ついてしまうのではないか)は、大丈夫なんだと分かりました。そう思えるように、Kさんが話して下さった。読んで頂くのもすごく迷ったのですが、結果的には、この文章を書いてよかった。と思いました。(書いた時は真夜中だったこともあり、筆が走っている部分は投稿前に削りました)お見舞いのつもりがフォローして頂いちゃって何だかなあですが。なので今は、少しだけ安心しています。あと、私には心配することしかできなくて、でも、ただ思ってるんじゃなくて伝えるのって大事だなと思いました。すごい親友ってわけでもないのに・・・と躊躇する気持ちはあるけれど、それでも、何も伝えないよりはいいのかもと。というか、そういうことを一生懸命考えた上でのことなら、って一生懸命やれば何でも許されるってわけでもないけど、落ち着くところに落ち着くんじゃないかなと。思いました。


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こちらに投稿してから約3か月後、Kさん、小池房江さんは、病の末、2012年10月21日に永眠されました。
残念で残念でたまりません。
長い間、フォーラムを言葉とメンタルの部分で支えて下さった方でした。
言葉を大切にすること、ふささんを通じて知った色々なこと。たくさんの作品、スレッドに投槁された言葉たち。ふささんに出会えたことは私の宝です。
ありがとうございました。
上の文章を読んで頂いた時、「ありがとう。ご祝儀もらっちゃった」と電話で嬉しそうなお声を聞けたのが救いでした。
フォーラムにアクセスしても、ふささんがいらっしゃらなくて、寂しい。けど
ふささんが心配していて(スレオペのピクルスさんが、長年不在だった)「できれば引き継ぎお願いします」と言われたながしそうめんスレッドは、ずうっとスレオペを続けます。



小池さんの意に沿わないことかもしれないので、迷いますが、貼ります。
消すかもしれません。

詩のサイト「喫茶室こんとん」の小池房枝さんの作品が読めるところはこちらです。
http://www.cafepoem.com/option01/option02.cgi?md=atview&nm=%8F%AC%92r%96%5B%8E%7D
小池さんのおしゃべりが残されている過去ログ倉庫はこちらです。
http://www.cafepoem.com/contents/pastlog.html





散文(批評随筆小説等) Kさんのこと Copyright ふるる 2012-07-30 13:13:15
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