「凍える蝶」
桐ヶ谷忍

夏の終わり
弱々しげな、うつくしいアゲハを捕まえた
微弱ながら生きているアゲハを
私は冷凍庫に入れた
なぜそんな残酷的なことをしたのか自分でも分からない
分からないまま翌日
恐る恐る冷凍庫を開けてみる
アゲハは凍っていた
必死に出口を探そうとしたのだろう
開き口の側で壁に張り付く形で凍り付いていた
私は包丁を持っていき
蝶と壁の接合部分をうやうやしく
少しずつ削り取った
冷凍庫で冷やされた私の手の平の上で
凍りついたアゲハを見詰め
何かが可笑しかった
可笑しくて笑った
笑いながら
一気に手の平を閉じた
閉じた手の平を開けると
アゲハの細切れが零れていった
そうして
ようやく何故アゲハを凍りつかせたか
思い至る
夏の終わり
もうすぐ何らかの形で終えるはずだった
アゲハの最期
その、何らかの、どうやって死を迎えるのかを考えると
私には耐えられなかったのだ
うつくしいアゲハ
弱り切っている所を外敵に襲われるのではないか
あるいは人に踏みつけにされやしないか
花の下で安らかに死んでいくのか
分からないからいっその事
うつくしいまま
殺してしまった
私は床に落ちたアゲハの残骸をかき集めて
ユリの鉢植えに弔った
ユリもまた、枯れ始める前に凍らせよう
ぼんやりとそんな事を考える
うつくしいものは
うつくしいままに殺し
ありえない形で死体を壊す
自分の中の冒涜心に初めて気がついた
夏の終わり



自由詩 「凍える蝶」 Copyright 桐ヶ谷忍 2012-07-12 13:28:44
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