紫陽花のうた
そらの珊瑚

さみだれている庭
ひと雨ごとに、育つ緑がここにある
雨の匂いと土の香り

湿気は、ほんのささいなセンチメントも
美しくふくらませる
庭を見渡せる屋根付きテラスで
濃く煎れた紅茶を飲んでいた

そしていつの間にか
うたたねをしていたらしい

   ◇

私の白いエプロンの裾を引くものがある
なに?
見るとそこには、羊がいた

も こ も こ の ひ つ じ

掌の乗りそうなミニチュアの羊の群れに 
取り囲まれていた
みんな私の顔をじいっとみつめている

あ な が あ き そ う

白い毛糸玉みたいなその一匹を
私はひざの上に乗せる
「メエェェー」
その子は
小さく鳴きながら
エプロンのポケットにもぐりこんでしまった
冒険者のくせに
臆病なんだね

「臆病なのか、大胆なのか、わからないやつだなあ」
あの人も
そんな風に言って
私のことを笑ったっけ
 
かつて
私のポケットには
ところせましと雑多なものがひしめき合っていた
恋人の好きだったレシピ(えんどう豆のポタージュ)
旅先で買ったみやげもの(びんにつまった星の砂や白蝶貝の風鈴)
列車の時刻表(これを見ながら旅行に行った気分になった)
潮見表(磯釣りにはかかせない)などなど
きっと幸せなポケットは
どこまでもふくらむ

 今入っているものといえば、涙を拭くハンカチくらいかしら

いつのまにか、雨が止んでいる
冬の間枯れてしまったかにみえた紫陽花は
すっかり勢いづき
濃い緑の葉を繁らせ
白い蕾をつけ始めている
 
蕾は歌う
「心がさみしいと、赤くなります」
「心が、もっと、さみしいと、青くなります」
「心が、もっと、もっと、さみしいと、真珠の涙を浮かべます」

そうなんだ、紫陽花ってさみしがりやなのね
こんなに羊がいるのに
お友達にはなれないのかしら?
 
私はその真珠をそっと集めて首飾りを作った
首にかけると、長くもなく、短くもなく、
私にちょうどよい長さになった
 
紫陽花の蕾はうたう
「あなたの涙も真珠になった」
「ちょうどいい思い出になった」

そ う、わ た し も さ み し か っ た

    ◇


ふと目覚めてカップに手を伸ばす
紅茶はまだ温かい湯気を立ている

エプロンからハンカチを取り出すと
一枚の葉が滑り落ちた
拾ってみると
庭のラムズイヤーの葉がそこにあった
触り心地はまさに羊の耳
しばらく指先でその感触を楽しんでいたら
じんわりと愛おしさが伝わってくるようだった



自由詩 紫陽花のうた Copyright そらの珊瑚 2012-07-12 12:40:31
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