家路
伊月りさ


帰宅の
駅のざわめきに
隠されて降りつづける
夕立
だれも見つけることができない(のは
だれもが濡れて
まばゆい、構内の
あしもとから順に深海になって

快速電車が文字の編み目を埋めていく
あ の 双眸や
し で すくいとれる
人 の 股の間まで
そこから何も生まれないようにと
指先すら
静かに滴って点字ブロックの間を埋め
盲いた人を惑わす
  代わりに
  膝のわるい人を安全に導くことができます
そう、駅員が裏返って話した

だから、ここで切り出そうと思いました。
わたしは雨になりたい。ずっと黙っていたけれど、それはずっと黙っていた方がより雨だと思ったからだ。地下鉄に繋がる長い長いエスカレーターを降りる。初めて水たまりに潜った日と違うのは、わたしが自分で切符を購ったのだということ。わたしが選んだ駅。乗る。降りる。ぜんぶ、好きにしていいよと言うのは決まって禁忌の提示でした。知ったのは、目のおかげというより頭のおかげです。わたしはわたしのつむじまでよく理解できる頭をもったわたしを、やっと五人くらいは重ねて歩けるようになりました。適当な時期。世界を押し潰したい、押し潰されたい、という欲望があるうちに旅をしよう。
皮を剥がそう。
骨を折るのだ。

故郷の入り口が
鎖されることもある
カフェーカーテンのように無防備な
スカート
なんて、いつから履くようになったのか
お前の足は黒いね
と 母に告げたい者などいるだろうか
そうなってからでは遅い
帰宅の
駅のざわめきに
  還ることができます
  あらゆる故郷の入り口は鎖される可能性がありますが
  われわれは雨です
運転手と目があう
そのとき、あなたは徐々に濡れて、しかし
そうなってからでは遅い

かもしれない)
やさしいかんじょうせんのべん
こういうときにはねむる
ながれていくけしきをおいかけてしまわないように
ねむろう、と
そのてをにぎって
あつめられたものがたりが一枚ずつ破り捨てられる

甲高い、白い、なきごえ

到着のブレーキが鈍い時には
レールの間を確認してほしかった
わたしたちの
だれもいない棲家を
棲家たらしめるためには
日暮れとともに門灯をつけ
朝日に裂かれたカーテンを束ねる
ただ
それだけが必要でした
口を開くこと
わたしはすでに雨粒だったということ
落下しつづけるわたしの遥か 地面の上でようやく
閉ざされた口があったということ
すべて収束に向かっていたこと
甲高い、白い、なきごえ

  傘などの忘れ物にご注意下さい
  簡単に濡れようとしてはいけません
  壊されたゆえに裸になることと
  壊されぬように裸になることを
  使い分けて下さい
教えて下さい
そう、言うべきだと促された
迷子
のふりをして
足首を浸していた
数人と目があって
数人が目をそらして
直線的な轟音はきちんとだれかをよけました。
かわいた人型が生まれる。連れて行くことはできないのだとわかる。わたしにだって、それくらい
わかっているので
足跡はいつも
黒く、家路に
積み重なって深くなる夜


自由詩 家路 Copyright 伊月りさ 2012-07-05 14:29:03
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