ポストマン
yo-yo

そのポストマンに
ぼくが初めて会ったとき
彼はひたすら
ラブレターを書きつづけていた
その時はすでに
ポストマンではなかったけれど


いちにちに
白い氷の丘をみっつ越えるんだ
と彼は言った
手紙の宛先はひとつ
おれの行き先もひとつ
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
世界一美しい彼女
世界中からラブレターが集まる
おれの配達かばんはいつも重かった
それは言葉の愛だから
たくさんの体ごとの重みだから
おれは顔を真っ赤にして運びつづけたさ


その日もいつものように
白い氷の丘をみっつ越えた
すると目の前に
大きな川だ
こんな川がいつのまに
それとも道をまちがえたか
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
目をつぶっていたって迷うことはない
ああ、なんたることか
川幅はどんどん広がっていくんだ
しかたない手紙はぜんぶ
紙ヒコーキにして飛ばしてやったさ
いくつかは向こう岸にとどき
いくつかは川におちたよ


その次の日もまた
白い氷の丘をみっつ越えた
もう向こう岸も見えなかった
おれは泣きながら大声で叫んだ
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
こんなにいっぱいのラブレターを
どこに届ければいいんだ
これからおれは
なにをすればいいんだ


美しいひとも
大きな赤いポストも
ぜんぶ消えてしまったんだ
とポストマン
日は昇らない日は沈まない
おおデスタン
こんどは失業したおれが
ラブレターを書くはめになった
手紙の宛先はもちろん
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
ミス・イリナ・トゥントゥニン
あなたは世界一美しい
あなたは
青い空と白い丘のすべて
草の道と風のしるべ
両手を広げても
おれの言葉は追いつけない


白い氷の丘をみっつ越えて
毎日ポストマンは言葉を追った
ラブレターって愛の言葉だろうか
愛の言葉ってどこにあるのだろうか
おれが知ってるのは
村に残るうたの言葉だけ
美しいひとがうたった水の旋律
鯨のうたが思い出せない
ミエニアヴロ市トゥントゥリコルヴァ村8番地
その村は水の中
ミス・イリナ・トゥントゥニン
もしや彼女は美しい鯨
いまも返事はかえってこない


ポストマンは書きつづける
目の前には大海原


無数の紙ヒコーキが漂っている







自由詩 ポストマン Copyright yo-yo 2012-06-29 06:10:00
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