紙の家
yo-yo

初潮ということばが
海のことばみたいなのはなぜかしら
などと考えていた頃に
おまえの家は紙の家だとからかわれ
わたしは学校へ行けなくなった

わたしは紙のにおいが好きだった
ノートのにおいとか
鼻をかむ時のティッシュのにおい
障子や襖のにおい
紙でできた家があったらすてき
そんなことを文集に書いたことがある

けれども紙の家は
雨にも風にもよわい家でした
とても壊れやすい家でした

紙の家の
壁に穴をあけて
弟もとうとう家出した
あんなに威張っていたけれど
穴は小さくてかわいいぬけ殻みたい
その穴のむこうに
なにが見えていたんだろうか

台所の壁にも穴があいている
3年前に母があけた
こんな家なんかもうすぐ壊れてしまう
母の口ぐせだった
いつのまにか父もいなくなった
1年以上も帰ってこないということは
この家を捨てたということだろう

残ったのは祖母と私だけ
ふたりとも引きこもりだから出てゆけない
祖母は私を愛しているという
わたしは祖母を愛していないとおもう
祖母はほとんど言葉を失って
もうわたしたちに通じあう言葉がない
猫のように眠ってばかり
そうやってすこしずつ死んでゆくのだろう
しずかに死ねる年寄りは
しあわせだと思うことにする
わたしは若いから
死ぬことも生きることも苦しい

弟が残した壁穴が
だんだん大きくなってゆく
青いしみのような空がみえる
小さな空は水たまりに似ている
水たまりは池になり
やがて海になるかもしれない

もうすぐ
紙の家をすてて
わたしも茫洋のそとへダイブするんだ
あかい血があおく染まる

その時わたしは
初めての潮になる







自由詩 紙の家 Copyright yo-yo 2012-06-25 06:56:58
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