金屏風
だるま

この話は、えーと、これを話してくれた人のお祖父さんの体験談で、
だから昭和ヒトケタくらいの話らしいんですけど、

そのお祖父さんっていうのがね、
小学生のころ、学校に通うのに、毎日歩いて山を二つ越えてたんですね。
だから朝は家をすごい早く出ないといけないし、帰りは帰りでもう家につく頃にはもう日暮れなんですよ。

その日もお祖父さんは学校終わって、薄暗い山道をひとりで帰ってたんですけど、
その道っていうのがね、あのね、なんて言えばいいのかな、
道の片側が杉林になってて、それをぐるっと迂回するようになっててね、
その道沿いに小川が流れてるんですよ。で、小川の向こう側が、ずっと畑になってるんですね。

それでね、お祖父さんがいつものようにそこを歩いてたら、
その畑の真ん中に、なんか見慣れないものがあるんですよ。
で、何やろと思ってお祖父さんが目を凝らして見てみると、
それがね、屏風なんですよ。
畑のド真ん中に、明らかに場違いな、ホントきれーな屏風が立ってるんです。
遠目にだからハッキリとは分からないんですけど、全体的に金色でね、
それが夕陽を受けてキラキラと輝いてるんですよ。

お祖父さんはそれを見てね、「何でこんなもんがここにあんねやろう?」って思うと同時に、
「これ売ったら金になる」って思ったんですって。
まあ早い話が、捨てられてるもんやったらパクったろうと思ったんですね。
それで、お祖父さんはとりあえずその屏風を見に行こうと思ってね、そっちに近づいて行ったんですって。

で、お祖父さん、その屏風に向かってゆっくりゆっくり近づいていって、
けっこう近くまで行ってみて分かったんですけど、
なんかその屏風の両脇に、あの、蝋燭を立てる台みたいな、燭台? ぼんぼりみたいなのが立ってて、
それがぼーっと光ってるんですよ。それを見て、さすがにお祖父さんも、
「あー、これ捨てられてるんやなくて、なんか分かれへんけど理由があってここに置いてあんねんやわ」
と思ったんですって。
で、その屏風っていうのが、側まで近づいて改めて見てみると、ほんっとに綺麗なんですって。
それでお祖父さんも、なんか目が離せなくなってね。
その屏風に書かれてる絵っていうか、模様っていうか、なんかそれをちゃんと見たくなって、
その場に立ってじーっと見てたんです。

そしたらね、
その時、音が聞こえてきたんですよ。
ぽん、ぽん、
ぽん、ぽん、
って。
それがね、あの、鼓(つづみ)ってあるじゃないですか。あの小さな太鼓みたいなやつ。
あれの音がするんですね。
それでお祖父さん、ちょっとびっくりして足が止まったんですよ。
誰もおれへんと思ったけど誰かおるんかな、と思って。
するとね、
その屏風の端っこから、赤いものがチラッと見えたんです。
それでお祖父さん、
「ん? なんやろう」
って思って、
そしたらね、その、屏風の裏側から、
すうーっと、
真っ赤な扇が出てきたんですって。
ゆっくりゆっくり、開いた状態で。
で、お祖父さん、それを見た途端に一気に怖くなって、
「こっから逃げなあかん!」って頭では思うんですけど、
もう足がすくんでね、一歩も動かないし、その扇から目も離せないんですよ。
それでもう、どうしよう、どうしよう、って思ってるうちに、
扇は完全に屏風の外に姿を現して、今度はね、
それを持ってる女の白くて細ーい腕が出てきたんです。
お祖父さんは「見たらあかん、見たらあかん」って、目を閉じようとするんですけど、
何故かぜんぜん目が閉じられないし、視線も逸らせないしで、
もう泣きそうになってたんですね。
屏風の向こうからは、その間も腕がにゅーっと出てきてて、
ついにはなんか着物の袖みたいなんも見えて、
お祖父さんが「もうあかん!」って思ったその瞬間、

「ぎゃーーーーーーーーーっ!」

って背後で絶叫が聞こえたんですね。
それでお祖父さんが反射的にハッと振り向いたら、
そこには自分と帰り道が同じの同級生が居て、山道でへたり込んで腰抜かしてるんですよ。
で、その瞬間、お祖父さんは「あっ、動けてるやん!」と思って、
すぐさま全力疾走でその場を離れて、同級生のほうへ行ったんですって。
もう、ぜったい振り向いたらアカン、振り向いたら死ぬって思って、死ぬ気で走って、
同級生のところまで行ったら、その同級生がアタフタしながら、
「おい、お前アレなんや! アレ!」
って言うんですね。
それでお祖父さんも「知るか!」って言って、パッと振り向いたら、
もう、そこには何にもないんですよ。
金色の屏風も、燭台も、なんにもないんです。
ただ畑があるだけで、別に普通の、見慣れた風景が広がってるだけなんですね。

それでもう、とにかく怖いから、二人とも急いで自分とこの村まで走って、
やっと人家のあるような場所まで帰ってきて、落ち着いたところで、
「なあ、あれ何やってん……」
「知らんわ……」
みたいなやりとりをしてね。それで、
「でもあの金色の屏風、綺麗やったなあ」
ってお祖父さんが言ったら、その同級生が不思議そうな顔をしてね、
「屏風? 俺そんなん見てへんぞ」って言うんですね。
それでお祖父さんが、そんなわけないと思って、
「いや、あの屏風やぞ。お前も見たやろ」
って言うんですけど、同級生はやっぱり、
「そんなん見てへんわ!」
って言うんですね。
それでお祖父さん、同級生に、「じゃあお前何見たんや!」って言うたんですよ。
そしたらその同級生が、「うーん」って、ちょっと言い澱んでから、
「あんな、うまく言われへんねんけどな、
 背が高くて、胴体がアホみたいに長ーい、真っ赤な影みたいなんがな、
 こう、両手をばーっと広げて、お前に向かって覆いかぶさろうとしてたんや」
って言うんですって。
で、それを聞いて、お祖父さん絶句してしまって、
えらいもん見てもうた……って思ってね、
自分ひとりではちょっと抱えきれなくて、親に話したらしいんです。
そしたらその親父のほうがね、
「ああ、タヌキやろ! タヌキタヌキ!」
って笑うんですって。
「このへん昔からタヌキがよう人化かすねん! 危なかったな!」
って。
それを聞いてお祖父さんも釣られて笑ってしまったんですけど、
心の中では「なにがおもろいねん!」って怒り狂ってたそうなんですよ。

でね、それから何十年かして、そのお祖父さんも大人になって都会へ出てね、
戦争にも行って、結婚して、まあ、ええ歳になってからですけど、
奥さんを連れてその田舎に帰ってくる機会があったんですって。
それで、そのときにね、奥さんをちょっと笑かしたろうと思って、軽いノリで、
「そういえば昔タヌキに化かされたことあったよなあ」
って親父に話したら、親父が「そんなんあったか?」って言うんですよ。
それでお祖父さんがね、「あったやん。ほら、あの金色の屏風の」って言ったら、
「ああ、あったあった! あれな! すまん、あれタヌキなんかとちゃうねん!」
ってまた笑うんですって。
で、それで何のこっちゃわかれへんから、
「えっ? あれタヌキとちゃうの?」って聞いたら、親父が、
「あんな、ここらへんでタヌキが人化かすなんて話、昔から一件もないねん。
 だからそれ、たぶんタヌキちゃうわ! 言っとくけどキツネもちゃうぞ!
 もっとタチの悪ーい、悪霊とか妖怪みたいなもんやろな!」
って言うんですね。

それ聞いてお祖父さんはもう、サーッと一気に血の気が引いてしまってね、
「笑い事やないぞ!」って怒ったんですけど、それ言うたら親父が、
「でもお前、そんなん見たら気にして学校行かれへんようなるやろ?
 そういう変なんはな、ぜんぶタヌキのせいにしとくんがええねん。
 タヌキの仕業や思たら可愛いやん」
って言うんですよ。
そう言われたらお祖父さんも、なるほどそういうもんか、って、
なんか変に納得してしまってね、
昔の人の知恵みたいなもんかな、って思ったんですって。

けっきょくお祖父さんは、それからはもう二度とその金屏風を見ることはなかったし、
その後も幽霊とか妖怪みたいなものには一度も会ってないらしいですけどね。
折に触れて「あれは不思議やったなー」って話をしてたんですって。
おじいさんが言うには、「その金屏風に描かれてた絵まで覚えてる」って、
なんか中国の水墨画みたいな感じの、岩とかが描かれてるような感じで、
キラキラ光ってたから反射して細かいところまではよく見えなかったけど、
とにかく、この世にあるどの屏風絵よりも綺麗かったわ、って、
死ぬまで言ってたらしいです。


自由詩 金屏風 Copyright だるま 2012-06-24 22:55:47
notebook Home 戻る