光闇論
aria28thmoon

彼はその 小さな両の腕に
美しく小さな光を放つ 玉(ギョク)を抱えて産まれた
そう、彼こそは
明けぬ夜の闇に支配されし世界に
再び光を授けんとする使者である

月のむすめは 彼の誕生を知り ひどく怯えた
彼の持つ 光の玉に
指ひとつでも 触れてしまえば
この世に光が満ちあふれ
彼女は消えてしまうだろう
月は夜闇のなかでのみ
輝くことを 赦されている

使者に託されし使命はひとつ
月のむすめを捜し出し
彼女に玉を 触れさせること
彼は?少年?であるうちに
事を成さねばならない
さもなくば 朽ち果て 灰となる
世界は未だ 闇の中

しかし 彼は むすめに出逢えぬままに
既に 逞しい体躯と
ハイ・バリトンの声を得ていた
そして、ふと つぶやく
「何故、未だこうして 生きていられるのだろう
俺はもはや 少年ではないーー」

刹那、彼の肉体は朽ち
虚しくも 灰のみが 其処にのこった

薄い笑みを浮かべ
灰のもとへと現れし少女
蒼くつめたく揺れる銀髪
陶磁のように白い肌
月のむすめである

彼女は灰を貪った
細かな粒子のひとつも残さず
齢十ほどに見えた少女は
みるみるうちに麗しき美女に
そして 彼女はその腹に
新たな生命を 身籠った

彼女はやがて むすめを産んだ
かつての彼女によく似たむすめに
ひとつ、やさしく口づけをして
それから彼女は母のもとへ
闇の世界を統べる者
月の女神のもとへ

「お母さま」
言うなり母の透き通る頬に
ひやりと冷たい指をあてがう

「もう、あなたは年老いた身
どうぞ ゆっくり おやすみなさい
大丈夫、わたくしも
もう 母となりましたから」

かつての女神の面影もなく
老婆の姿となった母は
彼女の力を奪い去り
女神となりし自分のむすめを
憎々しげに 見つめていた

老婆は死の間際
わずかに残された力を振り絞り
光輝く玉へと その姿を変えた
「おまえ、どうか お願いだ
憎き我がむすめと孫とを
光の藻屑としておやり
頼んだよ、
おまえが大人になって仕舞うまでに
あの蒼白い小娘の手が
私に触れれば それで終わりだ」

そしてかつての女神は
小さな赤子の手に包まれて
永遠の眠りについたのだった

かつて 闇を統べし者は
光の使者を産んだ
かつて 光を託されし者は
闇の支配者を産んだ
相反する存在はまた
表裏一体の存在でもある

それこそが この世の摂理
未だ 夜は明けない




自由詩 光闇論 Copyright aria28thmoon 2012-06-17 09:03:09
notebook Home 戻る