木
山人
木である私は風を感じている
昨日の曇天は特に蒸したが
今はどうだ
沢筋からの一縷の風が
梢をこすり私の腋の下を涼やかに通り抜けていく
かつて私にも過去があった
たとえば私の前で作業をしている男
これが私であった
男は年にしては大ぶりで
体躯の大きさからゆえか
どんよりとし大きな動きで活動している
時折腰を伸し
声にならぬ声を発し
しかし、他者の前なので
漏らす程度の小声だ
この大ぶりの男
私である、
私は木になりたかった
思考することに疲れていた
めんどうくさい脳など要らなかった
意思に反し、勝手に何かが描写される
気ままに放映される映像
それを見ていなければならなかった
先ほどまでキノコを植えていた私だった
かなり時間を費やしたようで
野鳥の声がひび割れている
新しい風の匂いがし
陽光もいくぶん煌いている
見ると私の腰掛けていた伐根から
新しく根が這い出し
私の足元の毛根へと合流している
じゅくりじゅくりと
大地からの血脈が足から入り込んでくる
骨盤の奥のうずきと脊椎の脈動
体内の臓器はすべて攪拌され、すべて材となり
一本の幹となっている
胴から思わず手を上げたとき
それは梢に変化して
毛髪は葉となり
鳥が群がり始め、ひとしずくの汗が樹皮を伝い
カタツムリが舐めていく
これが木と言うものだ
何かを思考することもなく
生き物をはべらせることのみに時間を費やし
めくるめく年月をやり過ごし
樹皮のまぶたを綴じたまま
こうしていま
私は木になった