井戸の中
アラガイs


実体のないおとこからプロポーズされたあなた
その日夜の帳を待ちきれずに、一台の車が朽ちた垣根の脇を走り過ぎた

荒れ果てた民家の中庭には真新しい領収書とセピア色の写真が埋められて
僕は苛々しながら毎日瘡蓋を掻き続けている
そのうち中身が透けて見えるんじゃないかと
ときどき黒い布を被せてはそっと覗き込んだりしている
使われないプールに浮かぶ枯れ葉が底に溜まるだけ
放置された間で雨水に留まる過去の堆積には
きっと何物かが潜んでいるんだろう
古い小さな穴ほど底は見えづらく
最寄りのスーパーで買い物をした直後
突然後ろから誰かに脇腹を抉られた
必死に抵抗する刃物の煌めきが反射して
未来は恍惚に溺れる僕の顔を写し出していた

朝を迎えると街は輝いて見える
庭先の雑草は生い茂り
井戸を脇道から覆い隠していた
夕べあなたは誰かにプロポーズされたおんな
今日も変わらない笑顔が青空を映し出している
そして暗い穴はずっと塞がれたまま
ちぎれた写真が風に一枚煽られて
次から次へと見覚えのない車が走り過ぎて行った 。














自由詩 井戸の中 Copyright アラガイs 2012-06-11 06:49:27
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