ミナモ
mugi
みなも、
おおきなうねり、
くしゃみを、
すると、
さかなは、
はねる、
おとは、
よろこび、
きみは、
おとなになる、
ずっととおい、
ひるさがり、
から、
ゆれている、
ちいさなふねは、
とおざかり、
きみのほねは、
しめって、
いる、
かぜがふくと、
せんたくものが、
ゆれる、
、
にげみず、
おもいだせない、
すなはま、
はねのあった、
かなしみ、
トノサマバッタと、
うわばきいれ、
もし、
あのとき、
と、
きょうのことを、
おもいかえすひが、
くるのなら、
、
Minamo 2011-2012
◆1
それは手書きの夏で、ざらついたわら半紙のうえをはしる、すずしげな鉛筆の音と、となりの部屋から
もれてくる掠れたラジオのおとと、味のすっかり抜けきったミントのガムと、額をすべるひとすじの汗
のための素描で、少年はビニールのサンダルをつっかけて表へでる、夜明けまでつづいた大雨が、路上
のあちこちに水たまりをつくっている、きれぎれに、青空を写しこみ、それぞれが、独立したスクリー
ンのようで、視覚は映画のように編集されている、少年はすくなくとも2つ以上の自己を同時に抱えて
いる、つまり、物語のなかのボクと、物語のそとのボクをどうじに現象させている、ガラス玉のように
すずしげな瞳で、いつか両親につれられていった海辺の街をながめている、まっすぐにのびた道路のさ
きに、にげ水がみえる、少年には、それがとても親しいもののようにみえる、なぜ、ボクから遠ざかろ
うとするのだろう、ママ、じっさいにはすぐとなりに母親はいるというのに、まったく、海からの照り
かえしは眩しくて、静かに目をつむる、そこに存在していた光や空気のふるえを、いま、ここに接続す
るために、
◆2
みたことのない町だった、パレードのさなかで、なにを祝福しているのかをしらなかった、雲がものす
ごいはやさでかたちをかえている、プラタナスの葉のうえに紙ふぶきが1枚とりのこされていて、風に
ふかれても、とびたつ決心をつけらなかった、日差しはやわらかく、朝露のように、葉脈にそってこぼ
れた、両手ですくってみると、砂のようにさらさらと、指の股からのがれて、音もなく地面におちた、
乾いた蜻蛉の羽を砕くと、このようにはかない光を放つだろうか、パン、と両手をたたくと、指紋のあ
いだにつまっていた粒子が舞いあがる、その一瞬だけ、視界に光があふれる、もういちど両手をたた
く、すると閃光弾が炸裂する、やがて、雪のようにしろい肌に、草臥れた、しろいオックスフォード生
地のシャツをはおった男が、よろよろとパレード車に近寄り、懐からピストルをとりだして、自らの頭
を撃った、血しぶきが舞い、ハトがいっせいにとびたつ、に、さん、乾いた銃声が続いたあとで、パ
レード車で手を振っていた男が倒れる、いくつかの言語で悲鳴と怒声がとびかう、母親に強く手をひか
れ、幼い男の子は握っていた赤い風船をはなしてしまう、ひどくゆっくりと上昇し、けれど、いくら小
さくなってもけして空に馴染まずに、
◆3
飛行機雲が青空を裁断している、それはある点 ( 空には目印がないから点としか説明のしようがな
いけれど ) において分岐して、Y字にたなびいている、その片方の筋雲のうえを、喪服を着た人々が
あるいている、海鳥が、彼らのくるぶしをやわらかにふれていく、向こうがわをわたる人たちが、徐々
にとおざかる、くすぐったくて、泣きたくなる、
☆
☆
☆
X
☆
Y
(ノ_・。)
◆4
その夜は、偽詩人が家にやってきて、陰気な詩を朗読した、ほとんどの言葉が彼のものではなかったけ
れど、「オレは犬のそういうところが嫌いなのさ」という詩句だけはまぎれもなく彼のものだった、ボ
クはポエムのことはよくわからなかったけれど、彼がどうしても感想をきかせてほしいというので、キ
ミは砂浜にながれついたガラクタを拾うようにして言葉を採集する、でも、その砂浜はキミからいちば
んとおいところにあるキミの領域だし、そこに流れつくものは、どんなものであろうと、キミをキミら
しさから遠ざけてしまう、やがて、ボクたちは夜の砂浜へ散歩にでかけた、偽詩人はボクのサンダルを
右足にはいて、左足にじぶんの長靴をはいた、ボクは小型のラジオをかかえ、家の扉をそっとしめた、
◆5
けして、
ほどけない砂浜に、
足跡をむすんで、
なみの点描の間際に 、
舌を、 さしいる、
その色彩の、
方結びに、
しばられて、羽を、
むしられても、なほ
再生する、
折られては、
数えられなかった、
虚数、 、
花にめまい、
を、おぼえるように、
くずれた白身の、 さかなの、
骨ぬく、ゆびさきの、
累乗根、
◆6
Y字路を左にすすみ、バスはゆるやかな坂道をのぼる、自転車を立ちこぎする高校生を追いこす、窓際
の席でメモをとる、ひかり、ヒカリ、hikari、閃光、みなもの反射、海沿いの、まっすぐにのびた道、
にげ水、液体のゆれ、ははの、水溶性の、てのひら、水にとけた、ゆううつ、もし、あのときと、たび
たびふりかえっては、見下ろす坂道、やがて、丘のうえの小学校のまえでバスがとまり、何人かの児童
がのりこんでくる、しらないまちの、しらないこどもたち、は、しらないまちの、しらないこどもたち
にみえた、たとえば、テレビのワイドショーで、街頭インタビューにこたえているサラリーマンや主婦
が、とても平均的なサラリーマンや主婦らしくみえるように、彼らはどこにでもいる平均的なこどもに
みえた、もしも、あらゆるすべてのことが均等で平等な世界があるとして、そこに物語や詩はうまれる
だろうか、おそらくそれらは、きわめて偏ったもののなかからしかうまれない、とりわけ優れたもの
は、けれど、ボクたちはときとして、それが生まれてしまわないように、過剰なものをつみとり、不足
しているものを補う、しずかな夜に雪がふりつもるように、とても静謐な暴力を必要とする、ふと、ピ
ンポン、とだれかが降車ボタンをおす、ボクはまた位相のことなるボクに意識を手渡す、
◆7
ボクは、キミとおなじカットには存在しない、キミがセリフをいうとき、ボクはまだ映写されていない
フィルムの中で、目をつむっている、あるいは、やがて演奏されるはずの音楽の、ひとつの休符にす
わって、ながれる雲をながめている、キミが偽詩人と夜の浜辺を歩いている頃、ボクはキミの家のベッ
ドで目をさます、野菜のスープとハムとチーズで簡単な食事をとる、キミが読んでいた本の栞をぬき、
目覚まし時計のアラームを25分おくらせる、やがて、詩人がやってくる、ボクは彼がもうここにはも
どってこないことを告げる、今頃、偽詩人が、『オレは犬のそういうところが嫌いなのさ」と喚きなが
ら、彼の首をしめていることを詩人に伝える、犬ですか、と詩人はつぶやいた、詩人がそのようにつぶ
やくと、神話にでてくる怪物のように響いた、
◆8
びしょ濡れの犬が、からだをぶるぶるとふるわせて、水滴は四方に散った、男が耳にしているイヤホン
からは英語のスピーチがながれている、極めて政治的な内容だ、男は路上に捨ててあったビニール傘を
ひろって、それをひらく、もうすでに十分に濡れているというのに、わざわざひろった傘をさす必要も
ないのに、耳元で、演説の声がにわかに熱をおびる、男は左右を確認して車道をわたる、雨にうたれな
がら、犬はじっと男のあしどりをながめている、傘は、大粒の雨をうけ、そのたびにビニールのたわむ
振動を、男の左手に伝えている、雨音はすこしもきこえなかった、カナル型のイヤホンは外部の音を遮
断し、いやおうなく意識を聴覚に集中させる、コンクリートの壁をはう、ナツヅタの淡い色づきや、濡
れたアスファルトのにおいを、男の意識からとおざけてしまう、胎児は、外界のことを見ることはでき
ないが、聞くことができる、聴覚は視覚に先立って世界を構築する、見えることと、聴こえることは、
ずいぶんと異なることだ、たとえば、書くことと、話すことがずいぶんと異なることのように、腕時計
をながめる、男は急いでいる、彼は彼の物語から25分おくれたところにいる、
◆9
水たまりには、もうひとりのボクがいて、ボクはもうひとりのボクにむかって言った、こういうのって
なんかすごい面倒じゃないか、つまりその、芝居じみていて、すると、もうひとりのボクはボクにむ
かって言った、キミの言っていることはよくわかる、水のスクリーンに映った像を見ているという点で
は映像的でもある、ところで、昨夜みた映画のなかで、ふたりの男が死んだ、ひとりは狙撃され、もう
ひとりは餓死した、どちらの死も具体的な台詞や映像として描写はされなかった、ただ、そのようにほ
のめかされていたにすぎない、なぁ、仮にキミは明日、とつぜん命を絶たれてしまう運命にあるとす
る、キミの死は、キミの愛する人たち、あるいはキミのことを愛する人たちに、きわめて抽象度の高い
隠喩としてしか伝えられないとする、理由はわからないけれど、直接キミが死んだと伝えることを、世
界は許してくれない、キミはそういう死にかたをどう思う、ボクは彼の問いには答えずに、水たまりに
手をつっこみ彼の手をつかんだ、そしてこちらがわにひっぱりあげた、彼は犬のように頭をぶるぶると
ふり、水滴をあたりにまき散らした、
◆10
ある朝キミは、あの砂浜のみわたすことのできる、小高い丘のうえに咲く一輪のひまわりだった、もう
すでに枯れかけていて、ボクは、とおい国でおきた大きな地震のことや、あれからできたボクの子供の
ことをキミに話した、なぁ、もし迷惑じゃなければだけれど、そこまで口にして、ふと空をみあげる、
飛行機雲がYに分岐していて、風はすこしもなかった、つう、と汗が首すじをつたった、キミがボクの
子供に名前をつけてくれないか、性別はまだわからない、オトコノコにもオンナノコにも、どちらにも
馴染むものを、するとキミは頭をたれて、自らの種子をぽろぽろと地面にばらまいた、ひどく疲れてい
るようにみえたし、もしかすると、泣いているのかもしれなかった、彼のほそい幹にそっとふれて、さ
よならの挨拶をする、翌朝、目がさめると、小豆のような雨が、窓ガラスを叩いていた、この町の上空
を台風が通過しているのだと、ラジオのパーソナリティはとても早口でそういった、
◆11
そして、ここから先にはなにもない、運転手はレバーを引いてバスの扉をあけた、わたしが様子をみて
くるので、みなさんは席を離れないでくださいといった、それから、彼のすがたは徐々に小さくなり、
ある地点で、すっ、と消しゴムで句点を擦るようにして消えた、車内では小学生たちがランドセルか
ら、アンモナイトや三葉虫の化石をとりだして、なぁ、この石を薄荷の飴にするには、人類はあと何回
の戦争を必要とするかな、と、ひとりの子がそういった、窓の外側はまだ線をひいていないノートのよ
うにまっしろで、雨音がひびいていた、このガラスのむこう側には、色や形や匂いや、感情や歴史や生
活の一切がない、だから当然雨も降ってはいない、この雨音はきっと乗客のうちのだれかの、極めて個
人的な記憶にむすびついている、おそらくそれは、普段は本人には意識することのできない領域にしま
われていて、けして言葉にはならない類いのものだ、ふいに誰かがピンポンと降車ボタンを押すのだ
が、ボクたちはだれもが、ボタンを押すように簡単にはなにかから降りることを許されていない、ある
いは、そうしたことに、ほんとうは許しなど必要ないのかもしれない、ボタンを押すこともなく、たと
えば、純度の高いアルコールが揮発するようにして、ただ、姿を消せばそれでよいのかもしれない、
◆12
とても個人的なことをすこしだけ、書いてもゆるされるのならと、そんな面倒な前置きをすれば、これ
はキミの詩だから、キミがしたいようにすればいいじゃないかと、彼ならそのように言うとおもう、昨
年末、ボクに子供ができた、それはなんだかとても不思議な気分だったし、いまでもよくわからないま
まに、彼女は成長する、そして当然だけれど、そのぶんだけボクは歳をとるのだと実感している、も
う、ボクは詩をかきたいような気分になることもそうそうなくなったし、そのための時間を捻出するの
もなかなか難しい、久々に彼にあったとき、それは川沿いで、彼は自分のかいた油絵を燃やしていた、
燃やすために書いたんだよ、はじめからなにもなかったようにふるまうために、でも、はじめからなに
もしないわけにはいかない、それはなんというかルールから外れてしまう行為だとおもうから、彼はそ
んなことを呟いていた、セブンスターを吸っていた、草臥れたビニルサンダルを履いていた、いくつか
の水たまりには、彼の油絵が燃えている炎と煙が映っている、蜻蛉が水面に尾をこすり、水面がわずか
に波をうった、
みなも、
おおきなうねり、
くしゃみを、
すると、
さかなは、
はねる、
きみのてのひらは、
ちいさなうみ、
すてきなことだけを、
うかべて、
さいごには、
ひかり、
があふれるように、
ひにさらしては、
揮発する、