お猿の森で
salco

協議離婚し幼い娘を引き取った母は
幸福追求やまない女であって或る日
男と出会い同居を始める

こうして連れ子という不利は
夜な夜なまぐわう男女の力関係で決まる
小突き回され足蹴にされ
飯を抜かれて着たきり雀でベランダに放置され
行政もご近所も素通りする児童虐待という堅牢な獄舎で
暫時暮らした娘は或る日
勉強の事で母に叱責された後
ふらりと家を出たまま失跡する
派出所にはポスターが
電信柱にはビラが貼られ
夜のニュースでは家出か誘拐の両面で推量され
視聴者の脳裏ではふとロリコン援交をも邪推され
警察署では事件と事故の両面で捜査され
聞き込み回って情報収集おさおさ怠りない職能に
矛盾点を追及されて
ゲロした母と内縁夫の自供に基づき
夜っぴて山間の静かな地面が掘り起こされる

雄ライオンは雌ライオンの子を殺して己の種を植えつける
雄チンパンは雌チンパンの子を殺して己の種を植えつける

この遺伝刷新が本能の要求するところであり
繁殖の摂理であるから
子を抹消されて初めて雌は直ちに発情し
母となる為に雄の生殖欲求を受容する
これが生態である
それでもこれら高等哺乳動物の名誉の為に付言するならば
乾いた容器をつけ狙う捕食者の歯牙から仔を守る為に
そこは畜生なりの浅知恵で
母体としての懸命な逃避・隠匿行動は取るのだ
恐らく野生の世界には
シェルターも養護施設もないからなのだろう

ところが人間は
侘しい親がまず異性を求めて徘徊し
色に狂うや牙を仔に向ける
仔とは我が子か相手の連れ子であって
どちらになるかは
夜な夜なまぐわう男女の力関係で決まる
雄が示威的であれば雌は従犯となり
子の現状を憂い将来を慮って手を切る代り
手管に歓びケラクに痴れ機嫌を窺い
手塩に掛けた吾子が手に掛けられる悲鳴に耳を塞ぎ
酸鼻に蓋をし断末魔に目を覆い
晴れて枷を解かれた己が身の
つつがない新生活でも夢見るのだろう
そして警察の追及には先ず
犯行動機と殺害状況をそっくり省いた供述で
新しいオスを庇護しつつ保身にこれ努めるのだ
例えば
「四月五日の朝、起きたら台所で娘は死んでいた」
などと。
人間という霊長類もなかなかの畜生道である


自由詩 お猿の森で Copyright salco 2012-06-01 23:46:08
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