なまえのない、
itukamitaniji
なまえのない、
もう6月になろうとしていた、何だかとても暑い日々が続いて、窓を開けると初夏の空気が流れ込んできた。
もうすっかり、夜は明けようとしている。まだこんなに早い時間なのに、時々音が聴こえてくる。走り去る車の音とか、犬が吠える声とか。
普段生活していても、思い出そうともしない人の顔。ふとした時に夢で現れて、何かとても不思議に感じる。忘れたと思っていた、あれやこれもどうやらちゃんと、頭の片隅に残っているみたい。
嫌いになったものなんて、何一つとしてないのに、少しずつ少しずつ減っていってるように感じるのは、一体なんでだろう。
そういえばいつか聞いたことがあるような。記憶は忘れるんじゃなくって、取り出せなくなるだけなんだって。
彼女の思いを変えたものはなんだっただろう。彼の夢を奪ったものはなんだっただろう。
いつの間にか歌わなくなった彼女や、いつの間にか絵を描かなくなった彼。きっとおんなじようなことなのかな。
理由なんて何処にもなくって。徐々に薄れていって、そうこうしてたら、いつの間にか見えなくなっていた。そしてそれで大丈夫になった。
諦めや心変わりとは違う、正体も明かさないまま、心の片隅に潜む名もなき優しいモンスター。恐ろしくも思えるけど、実はそいつはいつでも君を守っている、一番の君の味方。
誰もが誰も、一番大好きなものだけに、いつまでもすがりつけれれば、一番幸せなんだろう、とは単純にはいかない世界で。
それなりに生きている、そういう言葉が似合うだろう、僕にも彼女にも彼にも君にも。でもそれは、頑張っている、とは少し違う、言葉では表せない、もっともっと深いもの。
薄暗い空の向こう、世界はちゃんと始まろうとしている。今日は何処と何処が繋がるだとか、何処の誰と誰が出会うだとか、いつまでも完成しない物語を予定して。